<3・Wedding>

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『ありがとう。大好きだよ、ドナ』  翌朝。ドナが目覚めた時、セシルは部屋にいなかった。朝早く起きてどこかに行ったらしいということはわかったが、彼が何処に消えたのかを知っている人間は誰もいなかったのである。  彼は町はずれの森で、遺体となって見つかった。  随分昔に廃棄された廃工場跡。林業の業者が偶然傍を通りかからなければ、そのまま発見されることもなかったことだろう。翌日に見つかったのが奇跡のようなものだ。ただ、何故彼が自宅からも結婚式会場からも遠く離れたそんな場所にいたのかは誰も知らなかった。彼は、置手紙一つ残してはいなかったのだから。  目立たない地味な黒いスーツ姿で、胸を真っ赤に染めて倒れていた彼。抵抗したのか、あちこちにすりむいた後や殴られた後があったという。誰かに呼び出されて射殺されたのだろうと見られているが、それが“どこの誰”であるのかは結局警察にも突き止められないままだった。 ――神様。……ねえ神様。あの人が、何をしたっていうの?あんな優しい人が、どうしてこんなにも早く命を奪われなくてはいけなかったの?  彼が巨人を倒すための新しい兵器開発に携わっていたことから、マスコミは面白おかしくその推測を掻き立てた。他の国のスパイに殺された説、あるいは彼が国にとって何らかの背信行為を行おうとしていたがために暗殺された説、はたまたただの強盗という説もあったがどれも信憑性に欠けていた。確かなことは、どれほど警察が捜査をしてもろくな証拠が出てこないまま――数年後には、事件が迷宮入りとなってしまったことである。  この国の法律に、時効はない。  それでも警察が捜査を諦めて打ち切ってしまったら、いくら貴族とはいえ犯人を見つける手立てなどあろうはずもない。それから何年かの間は探偵を雇うなりなんなりと足掻いたドナだったが、それも手詰まりになるのは時間の問題であったのである。 ――あの人の仇を討てるならと思って生き続けてきたけれど。それももう、何の意味もない。……あの人がいない世界で、生きていく理由もない……。  三十八歳で、ドナは自ら命を絶った。  それで、自分達の物語は全て終わりになるはずであったのである。 「……え!?」  かちり、と何かのスイッチが入るような音と共に、暗闇からもう一度目覚めるまでは。  死んだはずのドナは、時を遡っていたのである。十七歳の、少女の姿に戻って。
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