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――そういえば、十七歳の誕生日って、セシルはどうしていたんだっけ。この日の誕生日ケーキが巨大だったことと、姉さんのブローチについてはおおよそ記憶していたんだけど……さすがに前のことすぎて、何もかも覚えてるわけじゃないな……。
自分の記憶違いでないなら、セシルが自分の誕生日に来てくれなかった日は殆どなかったはずである。彼はどんなに勉強が忙しくても仕事が大変でも、自分の誕生日パーティへの出席を欠かせることはなかった。休んだのは確か、十九歳の誕生日の時突然熱を出して倒れた一度くらいなものではなかっただろうか。本人は行きたがっていたのを、家族が死ぬ気で止めたというエピソードがあったはずである。
まあ、この世界が本当に十七歳の時のものであるのなら。その未来が同じようにやってくる、という保証は何処にもないわけなのだが。
――もし、本当にこれが私の都合の良い夢ではないのなら。
ぎゅっと、手元のワイングラスを握りしめる。
――セシルが、生きている。……生きた彼にもう一度会えるはず、だ。
あの日。
射殺されて、冷たくなっている彼を見つけたという悲報を聞いたあの日から。
そして、司法解剖を終えて棺に眠る彼を見てから。
自分の中のセシルの記憶の多くは色褪せ、悲しみの中で霞んでしまっていた。もう二度と、彼と言葉を交わすことはない。彼と触れ合うこともできない。正式な結婚式をしてお互い落ち着くまでは、とキスより先に進むということもなかった。彼に触れられないまま自分の体は冷えて、彼の死の真相も彼の仇を討つこともできないまま年ばかり取っていくであろう自分に耐えられず――ドナは命を自ら断ってしまったのである。そのようなこと、けしてセシルは望まないであろうと知っていたにも関わらず。
彼がいない世界なら、もう生きていく意味などないと思っていた。
でも、もし本当に時間が巻き戻ったのなら。奇跡が起きたというのなら。
自分はもう一度、生きた彼に逢えるはずということで。
「お、お姉様……」
震える声で、ドナは彼女に声をかけた。
「セシルは、今、何処に……?」
***
招待客の中には、小さな子供も存在する。勿論伯爵家の誕生日パーティであるから、招かれるのも貴族の子供ばかりであるのだが――それでも、幼い頃から何もかもの教育が徹底できるわけではない。退屈になって鬼ごっこを始めてしまう子供がいるのは、なんらおかしなことではなかった。母親からすると頭が痛いことであるに違いないけれど。
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