<4・Repeat>

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 セシルが一度パーティ会場を離れたのも、その子供にぶつかってスーツの上着が汚れてしまうという事故が起きたからである。いくら彼でも、上着の裾にべったりオレンジジュースの染みを作ったままパーティに参加し続けるわけにはいかない。ゆえに、念のため持ってきていた予備の上着に着替えるべく、控室へと引っ込んだのである。 「あれ、ドナ?」  着替えを終えて廊下に出てきたセシルは――ドナの記憶にある通りの、童顔で可愛らしい顔の青年だった。  彼は二十一歳で死んだ時も、あまり容姿が変わっていなかった。さすがに十一歳で出会った時と比べると大人の男らしくはなったものの、背があまり伸びず男性として華奢な体格を最後まで気にしていたものである。ついでに、顔立ちが幼いせいでお酒を買おうとするたび身分証明書を要求されるということにも随分辟易していたようだった。  確かに、今目の前にいる彼は、まだまだ十代前半でも通りそうな見た目だろう。と、己を落ち着けるため、冷静に分析しようとできたのものそこまでだった。 「ど、ドナ!?」  気づけば、ドナは彼に抱きついていた。戸惑った彼の声がすぐ横から降ってくる。着替えたばかりのスーツを、化粧と涙で汚してはいけない――そうは思っても、目の前が滲むのを止められそうになかった。 ――温かい。  オレンジの、甘い香水の匂い。彼が昔から好んで身に着けていたもの。  黒髪が鼻先を擽る。青い宝石のような眼も、白い肌も、温もりも、全部全部あの日に失って二度と戻らないはずだったものだ。 ――生きてる。ここで、生きてるんだ。  抱きしめる力を強くすれば、心臓の鼓動さえも確かに傍に感じられた。彼の胸の中で、熱く血潮を全身に運ぶ、命の音がする。あの日誰かに壊されてしまった全ての幸せが今、此処にある。 「……どうしたの、ドナ。何かあったのかい?」  控室で着替えを手伝った執事らはまだそこにいるだろうが、きっと見て見ぬ振りをしてくれることだろう。他の家族や親戚、友人がいる場所でなくて良かったと思う。このような姿など見せたら、間違いなく余計な心配をさせてしまうに決まっているのだから。  私は名残惜しさを感じながらも、何でもないの、と彼からそっと離れた。 「……貴方の姿が急に見えなくなってしまったから、不安になってしまっただけです。ごめんなさいね」 「可愛いなあ。……いつも強気なドナにも、そういう時があるんだ?」
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