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「ありますよ、私にだって。……むしろ、幸せだからこそ、不安になる時もあると思いません?だって、何もかもが上手くいきすぎてるんですから。貴方と出逢えたことも、婚約者になれたことも、こうして家族とたくさんの友人を交えてパーティができることも……今日までの満ち足りた暮らしも、全て。あまりにも幸せすぎると、不安になってしまうでしょう?いつか、それが突然壊れてしまう時が来るのではないか、って」
そう。
そんなこと、あの二十一歳の結婚式の翌日まで――思いもしなかったことである。
今の幸せが永遠に続くと信じて疑わなかった。彼の研究が成功して巨人を無効化し、戦争を回避して平和な生活が続く。自分と彼の間には可愛い子供達がたくさん生まれて、いつまでもいつまでも長閑で明るい未来が続いていくとばかり思っていたのである。
それがあんな風に理不尽に奪われるなんて、一体誰が予想していたことだろう?
「……じゃあ、壊れていかないように。大事に大事に守っていかないといけないね」
セシルはそんな、私の具体性も何もない不安を馬鹿にしたりなどしなかった。にっこりと微笑んで私の手を握り、言ってくれたのである。
「大丈夫。……何があっても、ドナのことは僕が守るから!」
彼が自分を、命がけで医者に運んでくれたイベントは随分前に終わっている。あの事件を契機に自分達の距離はぐっと近づいたし、改めて彼の事が好きになったと伝えたこともあったはずだ。
だから彼は、当然のように恋人として自分に接してくれる。思えば少し違う場面で、あの結婚式の夜以外でも殆ど同じ台詞を言ってくれたこともあったのではないだろうか。
かつての自分ならきっとただ、ありがとう、と伝えて幸せに浸るだけで終わっていた。
「……ええ。ありがとう、セシル」
でも、今は違う。
――……私は、約束された幸せに、甘えすぎていたのかもしれない。だから、罰が当たってしまったのかもしれない……何の罪もない、この人を巻き込んで。
だから、誓うのだ。
どういう理由で時間が巻き戻るなんて奇跡が起きたかはわからないし、そこに不安を感じるのも事実ではあったけれど。現実を前に、それは些末な問題だろう。一番大切なことは、ただ一つ。
――セシル。貴方のことは、私が必ず守る。……この命に代えても、絶対に……!
そして。
ドナの長く、孤独な戦いは始まったのである。
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