<5・Thinking>

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――そう。警察も言っていたけれど……セシルは自分の意思で屋敷を抜け出して現場に向かった可能性が高い。何者かに呼び出しを受けていて、しかもそれを私達に知られたくなかったとみてほぼ間違いはなさそうだ。  伯爵家の長男が護衛も従者もつけず、誰にも行き先を告げずに真夜中に家を出た。しかも、シフト制で屋敷を守っているはずの警備員たちの目を見事に掻い潜っている。  もっと言えば。彼は馬車を使って出掛けたのもそうだ。実は、屋敷の馬車が一つなくなっていたのである。馬車と馬は、彼が殺された現場近くで放置されていた。彼がここまで自分で馬に乗ってきたのは間違いない。  言いたいことは一つ。“自動車”ではなく“馬車”を使ったのには理由があるはずだ、ということ。この時代のエネミ油を使った自動車は、非常に速く走れて小回りがきく反面、排気ガスが酷く騒音がうるさいという問題点があった。まだ非常に高値であるため、持っているのがそもそも貴族の一部だけであるため大きな問題になってはいないが、庶民が自動車で移動する時代が来た時トラブルになるのはまず避けられないことだろう。自動車による騒音問題と大気汚染が深刻になる時代がいずれ来るかもしれない――というのはひとまず置いておいて。時短できる車を使わなかったのも、人に気付かれず現場に向かいたかったと思えば筋が通るのである。  さらに言えば、彼は“馬”ではなくわざわざ“馬車”を使っているのがネックなのだ。一人で出かけるためなら、わざわざ車をつけていくだろうか?  考えられるのは、車になにかを積みたかったのではないか?ということである。人か、あるいは荷物か。そしてそれは行きを目的としたものか、帰りを目的としたものか。行きであった場合――彼は最初から“犯人”と一緒に現場に向かった可能性さえあるだろう。  つまり、彼が馬車に乗せて人気がない場所に向かうことを厭わないような関係の人間である。友人か、あるいは家族か、仕事の関係者か。 ――まだ、この仮説を断定するには材料が少なすぎる。仮に身内に犯人がいるとしても、その“誰が犯人か”までは皆目検討もつかない。……この点は一端置いておいた方が良さそうだ。  もう一つ。結婚式の翌日、それも真夜中に呼び出して応じるということは――セシルにとってよほど重要な用件であったのは間違いないだろう。それも、人気のない場所で話すほど秘密の用件だったはずだ。殺害される動機もそこに直結している可能性が高そうではある。
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