<1・Encounter>

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 誕生日が遅いセシルは、この時まだ十一歳だったはずだ。しかし、彼は幼いなりに賢く、自分なりの価値観をしっかりと持っているタイプであったということらしい。花を生きるため以外の目的で殺すのも罪であり、その罪を自覚して生きるのがせめてもの償いである。そんなこと、ドナはまったく考えたこともなかったのである。そして、当時のドナに、彼の“優しさ”を理解できる頭や余裕があったかといえば、そんなことはなくて。 『ばっかみたい』  感じたのは。せっかく花冠を作ってあげたのに、それを悪い事のように否定された!という不快感だけであったのだ。 『人間は、一番偉いんだよ。だから、他の動物や植物を殺しても罪にならない、そうでしょ?そんなのいちいち気にしてたら面倒くさいよ。そんなことより、お洋服が汚れてママに叱られる方が大事でしょ』  今まで。ドナは、自分の考えが真正面から誰かに否定されたことなどなかった。なんせ姉も両親も家庭教師も、みんなドナのことを猫っ可愛がりして育ててくれたのだから。勿論危ないことをすれば注意されるし、勉強を真面目にやらなければ叱られることもあるが――それ以外で自分の主張が認められないことなどまずありえなかったのである。  傲慢だったと、今なら思う。  自分はいつだって正しいし、自分の考えは皆に肯定されるとばかり信じていたのだ。この、自分より年下の幼い子供のようにも見える“婚約者”に対しても同じである。自分が理路整然と主張すれば、そんなわけのわからない価値観などすぐに覆せると思っていた。しかし。 『……ドナちゃん、嫌い!』  彼はあろうことか、その場で泣きだしてしまったのである。十一歳の、それも伯爵家の長男としてはあまりにも頼りなく、情けない姿だ。 『お花の気持ち、考えられないドナちゃんなんか嫌い!嫌いだ!』 『え、えええ!?』 『だって、自分がお花の立場だったらって、全然考えない!人にされたら嫌なことは人にしないようにしないといけないって、先生に教わらなかったの?』  彼はぐすぐすと泣きながら、それでも主張を続けたのある。 『人間が一番だなんて保障はどこにもないよ。人間より恐ろしい怪物が現れて、人間のことを殺しにこないなんて保障どこにもないよ。一番だから何してもいいって、そんなことあるもんか……あるわけないのに。ドナちゃん、嫌い!お嫁さんになんか、無理!』  何で、そこまで言われなくちゃいけないのか。ドナは頭に血が上って彼を叩いてしまい――そのまま泣きながら大喧嘩になって、双方の両親を大層困らせる結果になってしまったのである。  自分達の出会いは、お世辞にも良い雰囲気とは言えなかった。  それでも今まで甘やかされるばかりであったドナの世界に――彼がまったく新しい風を吹き込んだのは、間違いのないことであったのである。  
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