<2・Affectionate>

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 巨人はただ“歩いている”だけだ。しかし、高温の蒸気を出し、街を踏みつぶしながら歩いてくるがために、彼が一歩前進するたび確実な大惨事を招くことになるのである。町は瓦礫と化し人々は押しつぶされ、長い尾を持つがゆえそれが振り回されるたび家屋は倒壊し、それから逃れても高温の蒸気で生きたまま焼き殺されるという地獄。ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる巨人を封じる方法は、その巨人ごと大量破壊兵器で土地を吹き飛ばす以外にないのである。自国に踏み込まれる前にそうしたい、と考えるのはエディス王国としては自然な考えに違いない。  問題は。その巨人が現在歩いているのが、隣国の土地である、ということ。大量破壊兵器で巨人を吹き飛ばそうとすれば、それは隣国に住んでいる人々をも巻き込んで犠牲にすることに他ならないということ。隣国の政府が、そのような暴挙を許すはずもないということである。よりにもよって自国でそれを使うなんてとんでもない。彼らの主張は、至極当然のものであったことだろう。  巨人を抱えた隣国と、迫る巨人の脅威に怯えるエディス王国。戦争寸前まで緊張が高まるのは、必然だった。元々けして仲の良い二国ではなかったのだから尚更である。 『でも、巨人を……大量破壊兵器を使う以外の方法で無効化することができれば。戦争は回避できるし、エディス王国も隣国も救うことができるかもしれない』 『できるのですか?そんなことが』 『できるさ。……そのために、僕達がいるんだから』  成長したセシルは、王国政府直属の研究室で、巨人への対策と少しでも被害の少ない兵器の研究をしていた。彼の研究が成功すれば、きっとこの国の平和は保たれるに違いない。そしてそんな恐ろしいまでの忙しさの中、彼はドナのために、最高の結婚式をやる一日を提供してくれたのである。それが、想像以上に難儀なことであったことは、ドナにもわかっていたことだ。  純白のドレスを着て、ドナはタキシード姿のセシルと愛を誓った。  不穏な世界で、それでも自分達は幸せになれると信じてやまなかったあの日。鐘の音が鳴り響く中、ドナはセシルを生涯支えて、共に幸せになるのだと心に決めたのである。  そう、自分達は何もかもが順調だった。幸せになれるはずだったのだ。  結婚式の、翌日。  セシルが何者かによって、射殺される時までは。
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