素敵な嘘つき

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 それほど進むわけではない。だからどんどん書けるわけではない。  目を閉じる。記憶のメモリーはあとどれくらい残っているのだろう。  ぽつぽつとキーボードを打つ。  この機種にもようやく慣れた。前のボタンタイプより力がいらない。でもまだもう一台の方は慣れない。 「日常会話に使いながら慣れればいいよ。小説家のなかには、まだワープロが書きやすいと言ってる人もいるんだから」  新機種の操作がどうしても上手くいかない私に、初がそう言ってくれたことがある。もしかしたら編集者のときにそんな作家を担当していたのかもしれない。  初が出勤して、30分ほどで家政婦の林さんが来てくれる。部屋のドアを開けて、 「おはようございます」と声をかけてくれた。  でも私の返事は見ない。決まった時間の中で、家事全般をしてくれるから、一秒でも無駄にしたくないんだと思う。決して面倒だと思っているのではないことはわかっている。掃除のときにまたこの部屋に来てくれる。
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