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いつものように、ゆっくりとキーボードを打つ。水分は充分足りているはずなのに、喉が渇いたような気がしてしまった。目を閉じて青いレモンを思った。
この家に引っ越した頃、庭にレモンの樹があった。前の住人の置き土産だ。すっかり忘れていたけれど、初は今も枯らさずにいるのだろうか。
そんなことを考えながら、口の中に少し唾液が出たような気がしていたとき、インターフォン。里見さんが来る時間になっていたようだ。
「こんにちは」
いつもどおり元気なよく通る声。
『コンナチハ』
やっぱり間違えた。
「だいぶ早くなりましたね。でも目薬さす?」
『イ イ』
「あっ、落ち込んだ。慣れるまで仕方ないですよ」
里見さんは励ますように言ってくれた。
「今日はどっちにします? のってた?」
『ダメ』
「じゃあ、読む?」
『ウン』
畳んでいたモニターのアームを伸ばし顔の前に持ってきてくれた。
初と同じですっかりわかってくれている。
『ありがとう』
「どういたしまして」
里見さんは、微笑みながらそう言ったあと、クッションを折ってセットしてくれた。
「大丈夫?」
『ウン』
初と同じ、その言葉は優しさだ。
『ウン ありがとう』
私の返事を見て、ふっと息を吐いてから微笑む。その顔のままで私の前にまわった。
「脚からにするから、読んでて。準備してくる。なに読む? サイト?」
『ウン』
「どこ?」
『エ デモジブンデ』
「オーケー、それも練習ね」
里見さんは、にこりと笑ってから親指を立て、部屋から出て行った。
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