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「一度倒すね」
里見さんのその言葉を聞くまで読書に集中していた。確かにおもしろい物語ではあるけれど、それだけだろうか。それだけであることを祈る気持ちと、近づいてくる死神の足音を歓迎する気持ちが交差する。
「凄く集中して読んでたね。おもしろいんだ。後で教えて」
いつものようにベッドを倒しながら、里見さんが言った。確かにおもしろい。
天井を見つめて寝転びながら、読み始めたばかりの小説が気になる。長編のミステリーだ。最後まで読めますように。
「起こす?」
里見さんの質問にひとつ瞬きをする。彼女は黙って元の体勢に戻してくれてから、モニターもセットしてくれた。
「本当に気にいったんだ」
『ウン』
「見ていい?」
『ウン』
私のモニターを覗き見たあと、里見さんはポケットから自分のスマホを出した。
「本棚に入れたから帰って読むよ」
私がこのまま読み続けていても、きっと里見さんが先にラストに辿り着くのだろう、いつものように。
『ありがとう』
今日も綺麗にしてもらったお礼を告げる。
「いいええ、お仕事なんだから」
冷たい言葉のようだがそうではない、優しさ。
ここで里見さんはいつも休憩をとることになっている。別室に行くこともあるし、この部屋にいることもある。壁一面を埋める初の本は、好きに読んでくださいと初が告げている。貸出もOKだと。里見さんは律儀に図書室の貸出ノートのようなものを自分で作って置いている。繊細で真面目な人だ。
今日はこの部屋で休憩するみたいだ。ベッドの側に椅子を持ってきて座った。
持ってきたペットボトルの炭酸を開けるプシュッという音が聞こえた。
「栞さん、あのね、私、一度栞さんに断られているのよ、お世話させてもらうこと」
ペットボトルの炭酸をひとくち飲んだ里見さんが言った。
断られた? そんな生意気なことをした覚えはないし、里見さんに会ったのは挨拶に来てもらったときが初めてだと思う。
「会ったこともないのに断られて、ちょっとプライド傷ついたんだけどね、理由わかったんだ」
断った覚えもないし、だから断られた理由と言われてもよくわからない。
「私、前は『浅田』だったの」
あさだ・・。
「離婚して里見になって、すぐに採用してもらった。ご主人に」
そういえば、初は最初から里見さんのことを高く評価していた。確か私と同じ病の人を支えていたと。
里見さんは初の想像以上で、以前助けてくれていた方よりも若い分だけ助かることも多い。
「あさだだったからでしょ?」
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