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「小町さん。僕は君のことを、小町里美のことを好きになったけど、好きだと意識するほど、小町里美のことをほとんど知らないことに気づき、好きになった人のことが何も見えていないじゃないかって、暗闇の中に突き落とされた気持ちにもなった。ああ。僕はまた変なことを言っているよね」
「そういう話、重いわ。ううん。謝らないで。小田くんは私の助けが必要なの? 暗闇の中から救い出してほしい?」
「助けてとか、そうじゃない。僕はよく知らない人に恋をしてしまって、その人のことは何も知らないし、何も見えないから、まるで暗闇の中に突き落とされた気分にもなって落ち着かなくなったんだけど、でも、なんだか、落ち着かない気持ちがとっても嬉しくもあるんだ」
「そうなの」
「うん。暗闇の中に放り込まれると落ち着かなくなってしまう。そこで手探りになって、なにかに触れることができたときって、すごく安心できるよね。これから僕は、君への恋心に落ち着かない気持ちを恋心に安心できるって気持ちに変えることができるんだよ」
ああ。つまり、この真っ暗な部屋は小田隆道の心の中の世界でもあるわけだ。
彼は暗闇の中を手探りで確認していくように私と付き合い、私という人間に触れることで安心していくつもりなのだろう。
ずいぶんと素敵な筋書き。それにちょっとだけ意地悪を私はしてみたくなった。
「もし、私が小田くんからの告白を断ったら?」
「僕のことは忘れてください。このまま暗闇の中に消えていくだけです」
この人、いちいちキザっぽい。お芝居をしているみたいだ。これは誰かの用意した台本があってもおかしくはなかった。
「よく知らない私のどこを好きになったの?」
「同じクラスだって一年生のとき、うちのクラスは文化祭で小さな演劇をすることになったじゃないか。覚えてる?」
「ああ。うん。その台本を用意したのは……私だからね」
「ヒロインの女性は、王子にプロポーズされたとき、王子に向かってこう言ったよね」
私は昼よりも夜が好き
ただ暗い場所よりも何も見えない暗闇の中が好き
だって、真実はいつも暗闇の中にあるのだから
真実は光では照らし出されない
暗闇の中を手探りでなら、それに触れることができるのよ
あなたにそれができて?
はい。このセリフを考えたのは私です。
すごくキザなセリフです。
ここであのときの演劇の台本を持ち出してくるのか。
ああもう。小田隆道のことを、キザったらしいセリフを吐く人って言えないじゃないの。
しかし、私はここで小田からシンパシーのようなものを感じた。彼とは共感できる気がする。
「僕にはできる」
と小田は暗闇の中で強く言った。
それを聞いた私は首を少し傾げた。
「あれ? 王子は無理だと言ったんじゃなかったの?」
「大丈夫だ。台本通りだ」
「やっぱり、台本があるのね!」
「うん! セリフに酔ってるような感じじゃなきゃ、あんまりも恥ずかしくて、ここに立っていられないよ。さあ、僕は君に問われて、できると言ったぞ。今度は君の返事を聞かせてくれ。僕からのプロポーズを受けるのかい?」
「ええ。喜んで。そうよ――」
私は次の小田道隆のセリフを先に言った。
「私たちは暗闇の中、光を目指して歩くのではない」
「そうだね。僕たちは――」
小田は私のセリフに続いた。
「暗闇の中を、一緒に歩こう。真実、本当の気持ちは、暗闇の中で手を触れ合うことでわかる」
変人と恋人って一見するとよく似た漢字であった。
でも、私たちは、変人同士でも恋人同士でもない。
暗闇の中をともに歩んでくれる理解者なのだと知り合った。
<終わり>
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