片方だけのピアス

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会議が終わった いつもより少し早く あの人は席を立った 何事もないように けれど できるだけ急いで 誰にも気づかれないように 後を追う ぴろりん🎶 『先に向かい、ホテルにチェックインしますね』 「30分ほどあとの電車になります。着いたら連絡します」 「ホテルのロビーに着きました」 送信、あ! エレベーターから降りて来た人 「時間通りですね」 「はい、ちょうど着いたところです。行きましょうか?こちらです」 2人並んで歩く夕暮れの街 見慣れた景色を 初めてあなたと歩く 途中の公園とビルと 私が知ってるエピソードを話しながら 微妙な距離は 念のため 今日は私がセッティングしたコース料理 料理長から料理の説明があって  「お酒はこちらで選びますので」 お酒にこだわるあなたのオススメで 初めてのお酒をいただく 久しぶりに会えたことがうれしくて 2人きりが楽しくて 過ぎる時間はあっというま 「行きましょうか?」 「そうですね」 世の中は感染対策とやらで 長居できず あなたが宿泊するホテルの部屋は 清潔で少し広かった 重ねた肌と唇は 言葉よりも確かな何かを あなたと交換して交歓した 「このまま朝までいますか?」 私が帰ることを知っていて わざとそんなことを言う少しの意地悪 「あ、ない」 「どうしました?」 「ピアスが片方…、でも大丈夫です」 「探さなくていいんですか?」 この片方だけのピアスを見るたびに 今夜のことを思い出せるのでこのまま 【お帰りの際はこちらから→】 正面玄関からは出られず パネルで指示された方向へ向かう 「開きませんね、これかな?」 あなたがひょいと引っ張ったチェーンは 天井近くの小さな窓のもので 「あれ?しまった、これじゃないな。逃げましょう」 「えっ!」 駆け出すあなたについて走る いたずらをした後みたいでおかしくて笑いをこらえるのが大変 もう一度パネルを見て 「どうも反対だったみたいです」 今度はちゃんとドアが自動で開いた 外は雨 「送れませんが…」 「タクシー乗り場はすぐそこですから、じゃ、おやすみなさい」 「気をつけて」 傘を開いて歩き出す 振り返ると もうとっくにあなたはそこにいない 名残惜しいという感情は 私にしかないのかも それにしても あのチェーンで開いた小さな窓 そのままにしたけど 「逃げましょう!」 と言ったあの人の顔が いたずらっ子みたいで 可愛かった なんとなく ずっと忘れたくない そう思った 帰り着いて 片方だけのピアスを 大事にしまった
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