一の宝〜天の巻

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一の宝〜天の巻

日本神話の書『旧事紀(く じ き)』にはその昔、饒速日命 (にぎはやひのみこと)神武東征(じんむとうせい)に先立ち天照大神(あまてらすおおみかみ)から十種の神宝(しんぽう)を授かったとある。 これを【十種神宝(とくさのかんだから)】という。 一度それを手にすれば、天地創造の(ことわり)を解き、人の生死すら意のままに出来ると言われている。 その後、河内国(かわちのくに)から大和国(やまとのくに)へと渡った神宝は消息を絶ち、今なおその所在を知る者はいない…… そして現代 ― 漆黒の闇が(あた)りを(おお)っていた。 足元から立ち昇る黒煙は、凶々(まがまが)しくも耽美(たんび)な香りを放っている。 閉ざされた視界の先に、微かな光明(こうみょう)が見え隠れしていた。 ここが何処かも、自分が誰かも分からぬまま、その明りに向かって歩を進める。 時折、何者かが身体にしがみつき引き戻そうとする。 悲鳴のような声が、神経の一つ一つを激しく逆撫(さかな)でる。 だがその都度、光度を増した光明が疾風の如く()ぎ払っていく。 やがて巨大な門のような影が見え始めた。 近づくにつれその輪郭は明瞭となり、識別出来るまでになった。 それは血の如き朱色に(いろど)られた鳥居(とりい)であった。 そのままそれを(くぐ)り抜け、更に歩を進める。 光明はもう目前だった。 あと、数歩── あと、一歩── やがて、光の中に(あわ)文様(もんよう)が浮かびあがった。 八卦(はっけ)に似た角形(かくがた)の上に、刀身のようなものがそそり立つ。 何かは分からぬが、それこそが光明の根源であると悟った。 ああ、自分を呼んでいる。 掴もうと恐る恐る手を伸ばし そして…… 「やべっ、遅刻だ!」 右手に学生鞄を、左手に竹刀を、口に食パンを加えたまま、神武(じんむ)時空(とき)は通い慣れた道を疾駆した。 横断する子供を飛び越え、歩道橋を三段跳びで駆け上がるが、全く速度は落ちない。 驚くべき身体能力とスタミナだった。 道場の朝練で師範から一発食らい、不覚にも意識を失ってしまったのだ。 「あのクソ親父っ!」 時空は父親でもある師範のにこやかな笑顔を思い浮かべ、悪口雑言を並べ立てた。 徒歩なら二十分、常人が走って十分の登校路を僅か五分で制覇する。 校門を(くぐ)り速度を落とすと、目の前に旧友の背中が見えた。 足音を忍ばせて近付き、驚かそうと両手を挙げる。 「おはよう時空。また気絶してたの」 振り向きもせず静かに言い放つ友。 「なんだ、またばれたのか……つまらん奴だな」 時空は振り上げた手の持って行き場がなくなり、仕方なく頭を掻きながら嘆いた。 「なんで分かった」 おもむろに足を止め、溜息をつきながら振り返る友。 「ちょっと、その【友】で済ますの止めてくれませんか。私にもちゃんと名前がありますので」 こ、これは失礼! ちなみに今のは、キャラから作者へのクレームです。 最近のキャラは、ストーリー中でも平然と意見を言うようになりました。 もうちょっと敬意を払ってくれるとうれし…… 「早く!」 は、はいはい…… 彼女の名前は推古尊(すいこ たける)。 ここ天津(あまつ)女学院の三年生で、時空(とき)と同じ剣道部の副主将である。 肩までのショートヘアに、端整な顔立ち。 性格は冷静沈着で成績は学年トップ。 あまり喜怒哀楽は出さないが、たまに痛烈な皮肉を放つ。 時空の親友であり、お目付け役といったところだ。 「この時間は校門から校舎に向かって順光になる。あなたの影丸見えよ」 ストーリーに戻った途端、尊が事もなげに説明する。 「あちゃ、俺としたことが……」 時空は渋い顔で天を仰いだ。 一方の神武(じんむ)時空(とき)は、典型的な武闘派だ。 天津女学院三年生で剣道部主将。 曲がった事が嫌いで、考えるより行動が先に出る。 日焼けした顔に、太めの眉と鋭い眼光。 無駄の無い引き締まった肢体が、高い運動能力の持ち主である事を示している。 「いつも思うんだけど、あなた自分の事【オレ】って呼ぶのいい加減やめたら。高三にもなると世間的には一応【女性】なんだから」 尊は淡々とした口調で(さと)した。 「そっか、俺【女】だったな。いつも男に混じって鍛錬してるから、たまに忘れちまう時がある」 そう言って時空はカラカラと大笑いした。 一向意に介さぬその態度に、尊は再び溜息をついて歩き出した。 クラスに入るとざわついていた。 幾組かに分かれたグループが、あちらこちらで噂話に花を咲かせている。 「あっ、トキちゃん!」 比較的仲の良いグループの一人が、時空の姿を見つけ駆け寄って来た。 「ねえ知ってる?今日、転入生が来るらしいよ」 その女子は興奮気味に切り出した。 「なんでもアメリカ帰りの帰国子女で、凄く綺麗な人なんだって!Bクラスの篠崎さんが先生と話しているのを見かけたらしいの」 「へえ」 目を輝かせ(まく)し立てる女子に対し、関心無さげな生返事を返す時空。 「そんなに珍しいのかね」 「まあ、興味深くはあるわね」 時空の前の席に腰掛けながら尊が言葉を返す。 「三年の受験を控えたこの時期に、()えて転入して来るんだから……家庭の事情か、それとも他に何か理由があるのか」 興味深いと言った割には、その表情に少しの変化も見られない。 凛とした所作からは重厚な威厳すら漂う。 まさにクールビューティーを絵に描いたような女子だ。 尊はコホンと小さく咳払いすると、ほんの少し顔を赤らめた。 どうやら、作者の描写がお気に召したらしい(おっしゃっ!) 「なんかよく分からんが、とにかく喋ってみたら分かるだろ」 時空はぽつりと呟くと、眠そうに欠伸(あくび)をした。 「ほら、静かに!席について」 教室の扉が開き担任の秋坂女史が声を張り上げた。 「朝のホームルームやるわよ。日直、号令」 朝の儀式を終え全員着席するのを見届けてから、入り口に向かって手招きする。 全員の視線が、その入室者に集中した。 最初に目についたのは、見事なブロンドヘアだった。 窓から差し込む陽光に、黄金の輝きを放っている。 端麗な顔には宝石の如き碧眼(へきがん)を有し、均整の取れた肢体はファッションモデルを想起させた。 全身から(かも)し出される耽美なオーラに、その場の全員が魅了された。 「転入生を紹介します。今日からこのクラスで一緒に勉強する伊邪那美(いざなみ)さんよ」 それだけ言うと、先生は自己紹介を促した。 伊邪那美と名乗るその女子は、頷くと一歩前に出た。 「初めまして。伊邪那美(いざなみ)(ほのか)といいます。これからよろしくお願いします」 想像に(たが)わぬ美しいソプラノが耳元を撫でる。 「伊邪那美さんはお家の事情で、つい先頃アメリカから帰国されました。皆さん仲良くしてあげてね」 やはり帰国子女だった。 しかも容姿からみてハーフだ。 室内に(どよ)めきが湧き起こる。 先生の咳払いで我に帰った全員が拍手で答えた。 「はい。じゃあ席は……神武さんの後ろが空いてるわね。とりあえず今日はそこで」 伊邪那美仄は、頬杖をついて眺めている時空の傍までやって来た。 「よろしくね。神武さん」 小首を傾げ、女神のような笑みを浮かべる。 (つむ)ぎ出される言葉から甘い香りが漂ってくるようだった。 「ああ、トキでいいよ」 屈託のない笑顔で時空も答える。 「じゃあ時空さん。もし良かったら、後ほど校内を案内していただけないかしら。お時間があればでいいのだけど」 突然の誘いに、クラスの全員から羨望(せんぼう)の溜息が漏れる。 誘われたのが男なら、即座にノックアウトの瞬間だ。 「放課後は部活があるからな……終わってからならいいけど」 「それで結構よ。じゃあついでに、部活も見学させてもらっていいかしら」 「別に構わないよ」 「ありがとう。楽しみにしているわ」 二人の会話に皆の関心が集中する。 学年の間では、時空の人気も高かった。 運動神経抜群で武道の達人。 明朗快活で、誰に対しても分け隔てなく接する。 頼れるアネキ的存在感は、誰もが認めるところであった。 その二人の急接近に、クラス中が色めき立ったとしても不思議はなかろう。 ただ一人を除いては…… 推古尊は平静を装いながら、その様子を観察していた。 いつもなら時空の言動にツッコミを入れる所だが、今は違う。 何かが気になっているようだ。 尊は無言のまま、眉間に皺を寄せた。
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