感傷の在り処

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「おまえ、何年うちにいた。10年か?。せっかく気心の知れたいい同僚だと思っていたのに」  労働者向けのバーでタカギはジョンを連れて酒を飲んでいた。店は古びた静かなものだった。丸い小さな木製テーブルに二人の酒のグラスが並んでいた。 「こういう時、人間は感傷を覚えるそうだね。AIは研究されているが、ロボットが自発的に「感傷」を感じるようになるのはまだ難しいらしい。まあ、そうしないように科学者が避けているのかも知れないが」  ジョンはいたってふつうに、いつもと変わらない調子で話す。態度にも顔色にも、「感傷」はない。彼にとっては、今日のコレも労働のあとの、人間とのつき合いという以外の意味を持っていない。  人間とロボットが入り交じって生きる時代。ロボットの見た目は人間とさほど変わらない。能力的には人間を大きく上回る。労働はアンドロイドが担っている。人間も労働をするが、それは、生き甲斐を失わないため、に行われる。そのため、労働では無く、学問を探究する人間も多い。  人間が老化するのと似ているが、ロボットの場合は「旧式」になる。壊れたりすり減ったりというのはパーツを交換すれば済むが、本体の根本的な高性能化は常に行われていて、対応できない本体は随時入れ替えが行われる。その時、その本体の得た生活上の記憶は失われる。そして、代わりに配置されたロボットが働く。仕事についてのデータは常に取り込まれ、補完され、後継機に生かされていく。新米のロボットでも仕事は熟練の手並みで実行される。だから、今日でこのジョンと呼ばれたロボットが引退し、もう2度と姿を見られないことに感傷的になるのは、人間でも少数派だった。明日になれば、もっと仕事が出来るヤツが来るのだ。  ジョンの、配属されて10年という期間は、この手のロボットとしてはかなり長かった。大概のロボットがせいぜい3年程度でアップグレードされていくことを考えると、旧式もいいところだった。 「ロボットの旧式にもいいところがあるのにな。そういうクセみたいなものが、味になって、そいつらしさを出してるんだ」  タカギは言ってもどうにもならない惜別をそれとなく口に出した。 「私は10年現役だった。同型の中では飛び抜けて長い現役だったよ。あんたは何才になった?」 「俺は50だ」 「50年か。ロボットで50年は、ちょっと考えられないな。ロボット研究の進歩が止まれば別だが」 「人間は、いつまで進歩するんだろうな。なんで進歩しようとするんだ」 「ははは、今日は哲学的だな。なんなら、今から哲学の勉強でもしてみればいいんじゃないか。時間はあるんだから。それも人間の特権だ」 「そうしてみるか……だが、時間はあっても、俺じゃあモノにならないだろうな。哲学なんて」  店の時計が22時を回ったころ、 「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」  ジョンはグラスに半分近く残っていた酒を一気に飲み干すと、タカギに微笑みかけ店をあとにした。 タカギはジョンの後ろ姿を見送った。明日には代わりの、恐らく見た目がほぼ同じだが、「この記憶」を持たない、新しいジョンがやって来る。  タカギは、一人残って、もう一杯飲むことにした。 「ロボットとの別れは何度もあるが、20代くらいの時は、学校の友人と別れるくらいの、卒業のような割り切った気持ちだったなぁ。50年生きて来て、今はどう言ったらいいのか分からないが……。10年生きた彼は悲しみを持たず……か。 平均寿命300年の時代だからな。俺はまだこれから長い……300才の時、わたしはどう思うだろうか?」  
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