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「清水、大神。今日はもう上がっていいぞ」
空の明るさはとうに闇に喰われたころ、敏久の一声で勇也と空護の仕事は終わりを迎えた。
「はい!お先に失礼します!お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
仕事終わりにも関わらず元気な勇也と、通常運転の空護の、対照的な声が事務室に響いた。2人は皆に挨拶すると、友達よりも少し遠い距離で並んで歩いていく。
「お疲れ様」
「また明日ね」
そんな2人を昌義と清美はいつも通り見送った。
事務室をでて二人は、自分たちの部屋がある寮へ向かう。その道すがら、勇也は最近恒例とも言える言葉を投げかけた。
「先輩、今日こそご飯食べにきませんか?」
先日の告白から数週間、まるで台風のようなあの事件は今日まで尾を引いている。
勇也はあれから、空護と同じタイミングで帰る日に必ずご飯に誘う。そして空護に断られるというのを何度も繰り返している。きっぱりと断られているにも関わらず、勇也はめげることはなかった。勇也のあきらめの悪さは日々の戦闘訓練で知ってはいたが、こんな場面では生かさないでほしいと切実に思う。
もういっそ、一回きりを条件に受けてしまった方がいいんじゃねえか?
断り続けるのも疲れてきた空護は、一回くらいならいいかと思い始めてしまった。
それに、一度2人で話す必要があることも分かっている。自分たちは、惚れた腫れただけの関係では済ませられないのだから。
空護はいろんなことを天秤にかけ、勇也の誘いを受けることに決めた。
「今日だけだからな」
空護はいつもよりふてぶてしさを足して答えた。いかにも嫌々です、と言わんばかりの返事だったが勇也には些細なことだったようで、大きな瞳をさらに見開いている。
「ほんとですか」
その目から星が零れているのではないかと思うくらいに、勇也は顔をキラキラと輝かせて喜んでいる。
そんなに喜ぶことだろうか。空護には勇也の気持ちが分からなかった。しかし自分といられることを喜ぶ勇也の様子に、少し口元が緩んでしまった気がして、慌てて唇を噛んだ。
「次はねえから」
あくまでそっけなく、ぶっきらぼうに。しょうがなく付き合ってやるのだ、ということがしっかりと伝わるように。
空護のそんな態度も気にせず、勇也は花を飛ばし鼻歌まで歌っている。
「聞いてんのかよ」
勇也の浮かれ具合に、空護は重ねて問いかける。
「はい、聞いてます。でも、嬉しくて」
勇也はにかりと、太陽のように笑った。
空護は思わず息を詰めた。
勇也の笑い方に、空護はかつての兄を重ねてしまったから。
あの人もこんな風に、屈託なく笑う人だったと、懐かしさがこみ上げるとともに胸がつきりと痛む。
「…なら、いい」
これ以上の会話は無駄だろうと、空護は話を切り上げる。
やたら機嫌のいい勇也と、憂鬱そうな空護。対象的な二人は特に話すこともなく歩を進めた。
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