クライシス

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──神剣を胸に抱きながら、大阪城公園の敷地の唯一の入り口を目指して歩いていた。 今、大阪城の敷地内は大阪城を照らすスポットライトを残して。全ての明かりが消されていた。 その様は暗闇に浮かぶ魔城めいていた。 姫子さんのリクエスト通りに、誰にも敷地内に入らないように。 ──大阪城公園内に不発弾が発見されたという情報操作により本日の夕方十八時より明日の朝の六時までの間、封鎖されていた。 正直、これも神剣が他の人の目に映らないようにする配慮が大きいかと思った。 建前上、大阪城公園をぐるりと爆発処理チームに扮した──神社本署の人達がバリケードを築いていた。 それを横目にしながら唯一、入り口として開放されている場所に向かう。 「物々しいですね……」 延々と続く、強固なバリケード。 そこに武装に近い警備員が等間隔で並び、猫の子一匹も通さない様子に思わず声が出てしまった。 「それに物騒やな──ここにいる、いやさっきの白い人物もやけれども、全員ヤツしかおらんな」 「まぁ、予測がつくけれども。万が一、静が失敗したら力ずくでも姫子を排除する準備は万端かと言うことか」 「あたり──やろうな」 そう言う九頭神さんと水月さんはとても落ち着いた様子でその警備を伺っているようだった。 「ここまで来たら失敗なんてしませんよ」 ──ここで失敗したら男がすたる。 後半の言葉は呑込み、その先を急いだ。 その唯一の入り口として、開放されている場所。 それは大阪城ホール近くの噴水広場。 警備員の人が何人もいたけれども顔パスで、中に侵入していく。 そこに野営のようにテントが設置されて、まるでお祭り会場における警備本部さながらだった。 ボクが把握しきれてない人員が導入されているのがよくわかった。 そしてそこだけが明るかった。 そこ近づくと、座主殿と所長殿がいた。 忙しそうに指揮をとっていた。 しかしボクは顔見知りがいて──少しほっとした。 ボクが声をかける前に、二人共ボクに近寄って来てくれた。 「その様子だと、無事借り受ける事が出来たようで。本当に良かったです」 「本当に暴れたかいがあったわァ──って、凄い格好ね。まるで──花嫁を迎えにいく花婿ね」 フフッと楽しそうに笑う所長殿。 「三人も花婿は要らないって返されちゃいそうですね」 「だったら私がもら」 「先を急ごう静」 「早く行こか」 やおら、二人がボクの両腕を掴み歩き出した。 どちらも背が高いので否応なしに引きずられてゆく形になる。 「ちょっ、二人とも! いや、時間が迫っているのはわかりますがって、ああ、もうッ! とりあえず行って来ます! お二人共、尽力ありがとうございました──」 ボクは首だけを二人に向いて挨拶をした。 二人共明るく笑顔で手を降って見送ってくれた。 そして、大阪城ホール横を、警護の最終バリケードを抜けきり、その真っ暗な敷地に一歩踏出した瞬間。 一斉に電灯が灯されたかのように明かりが着いた。 「っ!」 いきなりの明るさに目が眩む。 いや、明かりではなくて、真っ白な鬼火。 それがそここに、一斉に。 大阪城公園内に一気に灯った。 そして、何よりも驚いたのが──。 一気に桜まで開花した。 大阪城は桜の名所でもある。 それが一気に闇夜に開花する様は、まるで夢現の狭間にいるようだった。 ボク達はまるで夜桜を見に来たかのよう。 そんな事を思っている内に桜は咲き誇った。 風にのり桜吹雪が舞い、桜の淡い芳香が鼻腔をくすぐった。 「すごい……」 考えるよりも早く感嘆の声しか出て来なかった。 両脇の二人もボクと似たりよったりで、それぞれ万感の思いを抱いているようだった。 「これは……歓迎されてるのか、威嚇されているのか……」 そう言いながら、水月さんは眼鏡を懐紙で拭き、その夜桜を信じられない様子で確認していた。 「……何か、どっちもな気がしますね……」 ──こんな事まで出来るようになったんか。 そんな小さな九頭神さんの声が耳に届いた。 確かに驚嘆や畏怖がないと言えば嘘になるが、こんな事で歩みを止める事はなく。 ボク達はそのまま視線の先にある大阪城を目指した。 ふわふわと漂う鬼火をよくみると、薄っすらと淡い紫陽花の色のようにパステルカラーに色付き、闇夜を、桜をボクらの道中を照らしていた。 しかし、照らし出されない暗闇は幽愁暗恨の如く、ただ暗く。 明と暗をくっきりと浮き彫りにしていた。 そんな絵巻物の一幕の様な光景の中、まずは青屋門をくぐり、内堀と梅林に挟まれた道を歩く。 もちろん、当たり前のように梅も咲き誇っていた。 桜も梅も愛でる事無く通り過ぎ、視界に映る大阪城は先程より徐々に近づいてきた。 そう、大阪城に付く前に聞きたい事があった。 「──ところで、夜這いの件ですが」 「って、まだそれ引きずるっ!? 未遂! 何もなかったから!」 わたわたと九頭神さんは手を降る。 「いや。あの。その経緯と言うか、夜這いを仕掛けた姫子さん──いえ、そう言う事をする女性の気持ちってどういう心理なのかなって」 「……心理、ねぇ。──あの時、そう。海遊館の後で外飲みをしていて、随分話し込んで。しかもクルマ()を燃やしたから──もう、帰るのが面倒臭くなって。姫もかなり憔悴していた気がするし。ホテルに取って──」 何やら言い淀むので。 ボクがにっこり笑って「全く、全然気にしてませんから」続けて下さいと、促すと「だから、その笑顔めっちゃ怖いんですけど」と、視線をボクから外しながら話しの先を続けた。 「暫くしてからいきなり部屋に入ってきて『さぁ、既成事実の一つや二つ作ったら、お互いスッキリします! 体も心も色んな意味で!!』とか鬼気迫る表情で両手塞がれてベッドに押し倒された、かな」 「なんで」 「面白い」 ボクと水月さんの声が被る。 「せやけど──そのときもう既に俺の中で、このと、思い初めてしまっていたから咄嗟に『昔の姫はこんな事しない、無理すんな』とひと悶着して──」 「それで……昔の酒吞童子さんの方を忘れられないって、言ったんですね」 「それで引いてくれたらと。それに……本心もあった。確かに、この世の中で鬼は俺達しかいない。身を委ねるのも俺だけやろうと、思っての事やろうけれども──」 「女が自ら身体を委ねてこようとするのは、高確率で自暴自棄。やけ。依存。愛情ではない別の何か。──心のスキマを埋めたい時だろう」 さらりと水月さんが付け加えた。 だからこそ、無理だと跳ね除けたと、九頭神さんは言った。 それはボクは優しさだと感じたが。 それを聞いてボクは──。 何とも女の人とは難しい生き物だと思った。 ちゃんと言ってくれたらいいのに。 「やっぱり、そうですよね。ボクもそんな事だろうと思ってました……けど──ボクは」 はぁ、とた思わずめ息をついてしまった。 やはり、あの時のあれはそれは。 そう言うことも、含まれているのだろうと思った。 「……そーいや。静君ってば。俺と会う前に何か家出してたらしいやん?」 「さぁ、先を急ぎしましょう! 神剣も早く行けと今お告げがありましたっ!」 「ちょっと、それズルくないっ!?」 九頭神さんの抗議を聞こえないふりをしてボクはスタスタと夜桜続く道を足早に駆けた。 そして要が壊された、大阪城対角線に並ぶ豊国神社を通り過ぎ、桜田門をくぐり、眼前にそびえ立つ一枚岩の前の坂を上がり──いよいよ大阪城、本丸広場についた。 大阪城を前にしてそれ以上に目を奪われるモノが現れた。 それは──白い着物を着ていた。 白い着物の周りにいくつも浮かぶ鬼火はシャボン玉のように虹色に輝いていた。 きっとこれが本来の色なのだと思った。 白地に浮かぶ着物の曼珠沙華の刺繍は、鬼火の加減で様々な表情で浮かび上がり、闇夜にその白い着物輪郭を描いていた。 その着物は、現代風にアレンジされていて。 袖口や裾にはたっぷりと豪奢な白のレース。 襟口にも細やかな、綺羅びやかなレースが縁取られていた。 帯飾りにはあの、白い猫のキーホルダーがあしらわれていた。 そしていよいよ、その黒髪は紫紺の色になり、もはや足首どころか宙に流れるように、足元に紫水晶の水流を描く如く、揺蕩っていた。 まるで大阪城に降臨した天女といっても差し支えないモノ。 しかし、その額に生えた──龍神のように枝分かれした深紅の角が。 柔かにボク達を招くその白い指先には尖すぎる唐紅の爪が。 こちらを見て、見た者を蕩けるように、骨抜きにしてしまう極上の微笑みを称えながら──しかし、その唇からは長い真っ白な牙が。 その全てが異形の鬼だと語っていた。 あまりにも浮世離れした美しさに何も言えずにいた。 そうしていたら、それはボクがよく知っている声で喋りかけてきた。 「やっほー。この着物──すんごい重いし、着付けもしんどかった。二度と着ない。あとさ、髪もすぐ踏んじゃうの。頭の角? 微妙に重いし。なんか、引っかかりそうで危なくない? ヤバいよね? ってかこんな爪じゃ、ビールのフタ開けるの凄く苦労しそー。あ、もうしんどいから座っていいかな──」と。 「「「喋ると本当に残念──」」」 ボク達三人の声が見事に揃った。 この残念さは姫子さんに違いなかった。
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