クライシス

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夜桜が舞い散り、踊る。 闇夜に幽世の炎が灯る。 そして煌々と輝く月に大阪城。 なによりボクが繋いだ手の先にはそれらを美しさで凌駕する姫子さん。 「風が気持ちいいですね」 照れ隠しも含めて、そんな事を言いつつ。 ボクはそのまま手を引いて大阪城の後方を歩んでいた。 いくら大阪城が観光地になったといえど、未だに堅牢な石垣は健在で。そこをゆっくりと登った。 足元気をつけてくださいねと、繋いだ手をぎゅっと握りしめる。 もとより城として高台に作られた場所より、さらに高台に登ったため、夜景がとても綺麗に見渡せた。 目の前に広がる現代的な高層ビル群。 大阪の夜景は明るく、蒼く──きらきらしていた。 しかし、後ろを振り返ると幻想的な世界。 そんな現世と幽世の狭間にボクと姫子さんはいた。そして、神剣をそっと下に置いて姫子さんに向き合う。 「さてと、何から話すか迷うんですが──あの雨の日に。ボクに抱かれたのはボクの力を奪うためですか?」 もう、直球を投げてみた。 「ぐ、いきなりそれを言いますか。いや、言いますよね。うん、そう。繋がるところが深ければ深いほど、鎮守様の力を奪ってやれるかなと思ったの。だから──あんなコトはもう忘れた方がいい」 酷いコトをさせてしまってごめんね、と謝る姫子さん。 ──気を読む術の中で古来より「房中の術」という物がある。男女の交わりで陰陽の気の調和を図ること。 ボクにしかけたこれは本来の意味とは違う、その亜流というべき代物。 しかし、それは口に出さずに、正直にあの日の事を喋る事にした。 「朝起きたら居なくてびっくりました。本当に弄ばれたのかと」 机の上に現金だけ置いてあって、正直ベッドの上で。裸のままで三十分ほどへこんだ。 そしてそこから色々と振り切れて、ここまできたのだけれども。 「ごごご、ごめんなさい。言い訳のしようもありません。本当はその、居たかったけれども、こんな化物じゃ傍には居られないじゃない」 「誰もそんな事は言ってません」 「だって、こんな姿で仕事とか行けないし、買物だって、普通の事が出来ないッ」 そこからようやく、僕の手を強く握りしめたまま姫子さんは胸の裡を。ボクに抱かれたときでさえ吐露しなかった事を吐き出した。 「私ね。ずっと何か特別な何かに漠然と憧れていたの。不思議な力とか、自分じゃないか何かになりたかった」 ──それは姫子さんの中に眠る酒吞童子の力を無意識に拒否。もしくは受諾。何かしら感じていたのかと思った。 「そしたら、本当にそうなっちゃた。こうなった原因は──九頭神さんじゃなくて。昔の私。本当に恨んでない。むしろ望んだ力を得られた。そして優しくしてくれた九頭神さんがいて、静君もいて。私、そのとき迷いながらも最高だと思ったの」 ね、酷い女でしょ? と笑う。 「でも、そんなときに夢で昔の私と会う事があって、そこで解ったの。私は、昔の私のオマケ。この力も私が得たものじゃない。いわば借り物。借り物に目が眩んだの。眩んだ私を見る人なんかいない。力がないと見てくれない」 はぁ、とため息。 そのため息すらも今は酷く艷やかな仕草だった。 「だって今まで何一つ頑張って生きて来なかった。何となく。それだけ。だからそのツケがとうとうきちゃったって」 「ただ生きているだけで充分じゃないですか。生きてさらに何かしないといけない事って何ですか?」 「静君は若いから、いや強いからそんな事が言えるんだよ。そう私は弱い。どうしようもない。昔の事を知って。静君が私に近づいた理由を知って。勝手に一人で傷ついて。でも。最後に何か私にも出来る事をして──せめて良い化物で死のうと思ったの」 「──壮大な自殺計画ですね」 「うん。とりあえずさ。要を壊しまくったのは。 私の力を強めるため。そうしたら私が目立つじゃん。毒も使えるようになったし。私がこれで立派なヴィランになった。そうして大阪城の要だけに繋がれる──静君の登場ですよ」 「──ボクが登場して?」 「やっぱり、私の首を切ればいい。切らなくても時間が来たら──水月さんが絶対に私の首を斬る。そうしないと行けない状況を作った。そしてその首を──そのまま生贄にして。それは静君しか出来ない事」 ──私の力をそのまま大阪に巡りらせる事で、きっと千年は大阪は栄えるよ。 もう、静君がつらい目に、土地と繋がってしんどい目にあう事がない。 水月さんも静君が普通の男の子になる事を喜ぶと思う。 私が全部引き受ける。 だから、あの夜の事は許して欲しい。 そして生贄って魂を捧げる事らしいの。 だから──私はもう生まれ変わる事が出来ない。 これで本当に九頭神さんを開放して上げれる。 酒吞童子はもう二度と蘇らない。 これで皆が幸せになる。 これが私が出来る事。 この為に私はきっと生まれてきたと思うの。 ──きらきらした蒼い夜景を見つめながら、美しい歌でも詠うように姫子さんは全てを奏できった。 それを受けてボクは。 やっぱりと思った。 「ふざけるな」 「え」 「ボク、ずっと──色々と怒っているんです」 ボクは繋いだ手を解いて、そのまま姫子さんを力任せに抱きしめた。 「ってか、なんかあの二人とも何かあったみたいで、ボクとあんな事までしたのに、ちっとも優越感なんかなくて。水族館では正直に打ち明けようとした事も結局話せなくて、ボク、カッコ悪すぎやろ──」 「し、静君?」 「あの日、本当にボクの力とか、目的とか全部話して、許して貰おうって思ってた! けど──ボクより年上な大人な男の人が出てくるしッ!? あと机の上で何があったんか気になって仕方ないしっ!! 話したい事は何も話せてないし、もうめちゃくちゃ、や──」 そのまま美しい髪を描き抱き、細い腰をもっと自分の方に抱き寄せる。 「挙げ句──死のうとしてる。そんなの、怒ればいいのか。悲しめばいいんか──どうやったら、助けて上げれるんか、そればっかり考えてた──」 「ご、ごめんなさい。でも、もう。こうするしかなくて。お願い。私なんかの為に──泣かないで──」 そう言われて、初めて自分が涙を流していた事に気付いた。 その涙を本当に心配そうに、姫子さんはその白い着物の袖口で優しく拭ってくれる。 「ああ、もう本当にカッコ悪い……こんなはすじゃ……すみません。取り乱しました」 ボクは、少しだけ身体を離した、が。 逆にそのまま姫子さんの胸に抱きしめらた。 それはとても心地よいものだった。 少しの間、とても甘やかな時間が流れた。 まるで最後の抱擁のように。 それが姫子さんに取って会話の終了に思われたようで。 「うん。もう大丈夫かな。本当にありがとう。嬉しい。私も本当は──ううん。何でもない。本当に酷い女は人を縛る女。だから私はそれになりたくない。こうやっていると時間忘れちゃうから、そろそろ──殺して?」 ゆっくりとボクを抱きしめた腕を離しながらそう言った。 その間にボクも落ち着いた。 もうそろそろ、これで全部終わる。 「……もう大丈夫です。ありがとうございます。そして──殺しません。ボクも九頭神さんも──水月さんも殺しませんよ」 そこで姫子さんは怪訝な顔を。 初めてボクを敵だと認識したかのような顔をした。 ざわりと髪が妖しく揺らめいた。 やんわりとボクから少し離れて。 「いやいや。静君、ちゃんと私の話を聞いていたよね? もう私を殺すしかないの。それでこの話はハッピーエンドなの」 「だから、勝手にハッピーエンドを決めないで下さい。ボクはそんなハッピーエンド望んでない。そのためにコレを、この神剣を持ってきたのだから」 言ったはず。 どうやったら救えるか。 生きてくれるか、ボクはずっと考えて、考えて。 ようやく見つけた一つの解。 「七星剣でしょう? 昔の私を殺した剣」 「いいえ。違います。その剣じゃ殺せない。千年前に殺したのは──神剣、草薙剣ですよ」 九頭神さんが教えてくれた真実。 唯一生き残ったから知り得た事。 酒吞童子より神格を有する剣、だから酒吞童子は殺された。 今度は殺さない。殺させない。 姫子さんはじりじりとボクから距離を取る。 その先にはもうあとがない。 その背には月が輝いていて、月に落ちてしまいそうだと思った。 「そんなに後ろに下がると危ないです。どうかこちらに」 そう言って手を差し伸べても、今度は手を重ねてくれなかった。 「いよいよ大詰めかな? 心配で来てしもたわ」 「──いい感じに姫子を追い詰めてるな」 本丸広場で待機してもらっていた二人がゆっくりと石垣の下に近づいていた。 それを見てさらに動揺する姫子さん。 「なっ、なんで? そんなに余裕なのっ、状況わかってる?」 「わかってますよ。そんなの。こっちも姫子さんが死ぬことが本心だと。これで、ようやく確証出来た。女の人って気持を隠すから確証を得るまで、違う本心が出てきたらどうしようかと──ドキドキしていました」 死ぬ事が本心とようやくしれた。 もう他には意図がない。 隠し事はない。 ならいける。 「それで、どうするつもり? 何? 三人でか弱い私をいじめるの?」 「そんな事はしません。姫子さんには言ってませんでしたが、ボクは大を取った理由は、その中に小も含まれるから。それに、大阪の人口って、2067万人も居るんです。そこに鬼が1人、2人増えたところで何も大阪は変わりませんよ」 「だから、こんな姿で生きれる訳ないじゃないっ! それに炎をどうするつもり? 土地はどうするの? それに私は色んな迷惑事をしていて──許されない」 「だったらお願いをしてみましょう」 ボクはそこで下に置いていた神剣を手にとり、巻かれた布をゆっくりと解いていった。
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