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「お願いってなに。馬鹿にしているの?」
この中で誰よりも強い姫子さんが髪をざわつかせ、白い着物を靡かせ、わかりやすく狼狽していた。
ボクはそれを見据えながら神剣を取り出した。
それは華美な装飾もなく、シンプルな青銅剣だった。
しかし、刃こぼれなどは一切なく、その表面は月明かりを受けて鏡面のように輝いていた。
「これは八岐大蛇から出現した神剣です。そして酒呑童子はそのあと、八岐大蛇に残された鞘が形になったもの」
ボクの予想を姫子さんは黙って聞いていた。
ボクはそのまま続ける。
「でも千年前はこの剣に殺された。多分です。神剣の気持ちなんてボクにはわかりませんが、きっと──暴れまくったから、お仕置きみたいな感じで、そんなノリで首を跳ねられたんじゃないんでしょうか──」
ボクがそう言うと、それに反応したかのようにドクンと神剣が脈打った。
「ノリで殺されたらたまったもんじゃない」
「ええ、それは本当に。あとは殺さないと時代が進まない理由もあったと思いますよ。多分」
今回は──。
「姫子さんは誰も傷つけてない。姫子さんが死なないと時代が進まない訳じゃない。だから、この神剣に。そして神様でもあるこの剣にお願いをして貰っていいですか? きっと姫子さんが望むように全てうまくいきます」
「そんなバカな事が」
「出来ます。だって祈りが。願いが。力になるのは──ボク達が一番知っているじゃないですか」
「静君こそ、ふざけないでよっ! じゃあ何? 私が化物じゃなくなって、私が壊した要も復活して、龍脈もちゃんと正常に戻って──ええと。そう、この炎も消えるって言うの!? そんなご都合主義ある訳が」
「あります。でもそれは姫子さんがちゃんとこの剣に望めば。そうなります。ボクが望んでもこの剣は答えてくれない。だってこの剣は──」
姫子さんの分身。
いわば姉妹。兄妹。もしくは親子。
血を分けた魂の家族。
だからこそこの神剣は暴れたのだろう。
もう一人の自分を助けたくて。
「姫子さんの味方です。だから──試してみてください」
ドクンドクンと神剣は脈を打ち続ける。
「そ、そんな理由で……もし、ダメだったらどうするつもり?」
「それはとても大変困るんですけれども、諦めません。他の方法を探します。絶対に姫子さんを救います。だって好きな人を死なせる訳にはいきませんから──頑張ります」
そこで、姫子さんはその場にへたり込み──泣き出した。
その長い長い髪が宙に頼りなく揺らめく。
その度に甘い香りが広がる。
今すぐに抱き締めたい気持ちになる。
だけど、今は抱き締めるのが正解じゃない。
今は、向かい会う事。
「いいの──私、生きても? こんな私でも許して貰えるの?」
許せないのは姫子さん自身。
だから、代わりに。
「全部ボクが許しますから。許してくれない人がいたら、ボクも一緒に謝ります。だから──。
一緒に生きましょう?」
ボクは静かに姫子さんに歩みより、その胸元に神剣をかざした。
──どうすればいいか、自然と解った。
それは神剣が教えてくれたように思えた。
それを見た姫子さんは願う様にゆっくりと瞳を閉じた。
涙がいくつも溢れた。
その様子をみながらボクはそのまま神剣を姫子さんの胸に突き刺した。
それは何の手ごたえもなく、するりと胸に深く付き刺さった。
そこから──月より眩い光りが溢れた。
あっと言う間に、当たり一面を照らし。
そうして──大阪城を光の洪水が飲み込んだ。
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