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 私は、人生最大の危機から解放された喜びに微笑(ほほえみ)さえ浮かべるおじさんの後ろをしばらくついて歩くと、声を掛けた。 「まだ何か?」  ぎこちない微笑を向けるおじさんに、私は無言で手のひらを差し出す。  途端(とたん)に、(いぶか)しむおじさんの表情が(くも)る。 「誠意を見せてください」 「謝罪は十分にしたでしょう」 「さっき、何でもするって言いましたよね? 気持ちなんて要りませんから。形にしてもらえませんか」 「金か? 金なのか! 恐喝(きょうかつ)目的で俺を()めたのか!」  私は、(いきどお)り怒りに震えるおじさんのクレジットカードから、キャッシング貸付額(かしつけがく)ぎりぎりのお金を借りさせた。  「五十万か、しけてんな。まぁ、今のご時勢じゃしょうがないか……」 「こんなこと続けてたら、いまに酷い目に遭うぞ!」  封筒のお金を数えながら立ち去る私の後姿に向け、おじさんは負け犬じみた悪罵(あくば)を投げかける。 「必要なら、受け取り書いてあげますよ!」  うそつきのくせに! 振り返る価値さえない。これでやっとチャラなんだからね。誠意の形を残しておかないと、おじさんはいつまで経っても罪人(つみびと)なんだ。鉄道会社と警察の日報にはおじさんのこと、ちゃんと記録されてるんだから。おじさんこそ、火遊びも程々(ほどほど)にね、そのうち火傷(やけど)するよ。
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