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まったく関係ない方向から声が発せられる。と、汗を垂れ流し脂ぎった顔色のよくない、車内の不快指数を上昇させる中年男性の腕がオーエルらしきおばさんに掴まれていた。
「俺じゃない! 俺じゃないぞ!」
腕を掴まれたおじさんの必死の叫び声が、車両全員の目に彼の印象を強く焼きつける。
「違う! 俺じゃないって!」
おばさんの腕を振り解こうと身体を捻るおじさんの顔は、眉根を顰め眉尻は高く天を指すように吊り上る。見開かれた目はギラギラと輝き、必死な形相を作ってはいるけれど、なぜか不自然なほど生気は感じられない。
素直に観念すればいいのに。この密室の中では、全ての人間が既に敵なのよ。脂ぎったみすぼらしい中年男性であるおじさん、あなたは生贄として選ばれたの。群れの秩序維持という正義を得た彼らの暴力衝動は今まさに、あなた一人に向かっているのだから。
騒ぎに意識を集中し、背を向けたおじさんたちの作る壁の隙間から私はかろうじて諍いを観察する。先ほど小さくなっていた女子高校生は、おじさんたちによって壁際へと押し退けられ視界から隠されてしまった。
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