欲望という名の天使の幸せは甘く苦い

Ⅳ

　大人数人に取り押さえられた肺は押しつぶされて、酸素の供給を絶たれたおじさんの心臓が停止するのは時間の問題となっている。脳内麻薬で満たされたおじさんの脳は、血流停滞(けつりゅうていたい)による低酸素で既に思考は喪失(そうしつ)し、今では残される子供たちと奥さんへの意識だけが残るのみとなった。ただ一つ、ローンから逃れられることだけが、嬉しかった。

　そこへ、誰かが呼んだのだろう、仕事熱心な駅員さんが駆け寄ってきた。それと同時に、おじさんを取り押さえていたサラリーマンたちは、失神しているおじさんを駅員に引き渡すと、そそくさとその場を立ち去ってゆく。かろうじて動いていたおじさんの心臓は、少しずつ鼓動を強め始めている。運がよかったね、おじさん。