骸の花

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「すっごいね、この花…。」 豪邸と呼ぶに相応しいこの家のリビングは、僕の住むワンルームが何部屋入るのかと思うほどの広さで家具は必要最小限。 その代わりに所狭しと置いてある、花、花、花。 一輪の花に、不釣り合いなほど大きな鉢。 鉢は陶器で、これも高価な物なんだろうと想像させる存在感だ。 どれも見たことの無い花だったが、その美しさと量に圧倒されてしまう。 「私の唯一の趣味でね。ここまでするのに苦労したよ。」 同性でもドキッとするような、爽やかな笑顔を浮かべる彼は、最近仲良くなったこの家の主。 資産家の息子であり、20代半ばながらいくつもの事業を手掛けるやり手の実業家でもある。 友人と飲みに行った居酒屋で出会い意気投合。2件目の店で彼がメディアにも取り上げられるような社長であると知って腰を抜かしたが、気さくな彼とはそれからも時々飲みに行くようになった。 「花はそんなに詳しくないけど、なんだか見たことない花ばっかりだね。」 「そうだね、ここにあるのはそれぞれ世界に1つしかない花ばかりだから。」 「世界に1つ?これ、全部?」 この膨大な量の花が全て、1つしかない花?そんな稀少なものだらけなんて、一体どれだけの費用がかかるのだろうか。そんな下世話な事を考えぽかんと口を開けるだけだった。 どうやって作るのかや、どうやって手にいれたかといった根本的な疑問をこの時浮かべていたら、何かが変わっただろうか。 「どれも美しい色をしてるだろ?花には人生がでるんだ。一生の内の一番美しい時間が表れる。」 「人生?」 「そうだよ。ほらあの花を見てごらん。」 彼の指差す先には、タンポポに似た黄色い花が咲いていた。 「タンポポって、子どもの頃は見つけると興奮しなかったかい?タンポポがこの人にとって少年時代の象徴なんじゃないかと思うんだ。ほら、葉の所は菖蒲みたいになってるだろ。葉からは、こどもの日を連想させる。彼にとって少年時代が人生における一番輝いていた瞬間なんだろうね。」 その花を見ていると、不思議と夏の野山を駆け回るランニング姿の少年が見えるような気がした。 「どんな人生にも輝いていた瞬間がある。この部屋の花は明るくて美しい色ばかりだ。」 彼は色彩に溢れた部屋を見回しながら呟いた。 その表情には、なぜか憂いの色が浮かんでいる。 「でもね、私はそれでは満足できなくなってしまった。恐怖や怒り、哀しみといった色も見たくなったんだ。」 そう言いながら、彼は部屋の奥へと歩いていく。 その後をついて歩くと、彼は扉の前で止まった。 「ここには特別な花だけが飾ってあるんだ。さあ、どうぞ。」 彼が扉を開く。 暗い空間だった。真っ黒な花。濃紺の花。そして不釣り合いな大きな鉢。 暗い色の花ばかりで、見ているとなぜだか憂鬱になっていく。 部屋の中央にひとつだけ深紅の花があり、それがやけに不気味に映った。 「どうだい?ここにはね、苦しみや悲しみ、痛み、そして、絶望が詰まっているんだ。」 彼は後ろ手に扉を閉めながら語る。 「私のコレクションはね、人生の花なんだ。死んだ人間から咲く花。 どの花も大きな鉢だろ?あそこには死体が眠ってる。」 言っている意味がわからなかった。死体から花?彼は何を言っているんだ。 「ある日、気分転換に親が持ってる山の雑木林を散歩してたら、偶然にも変死体に出会ったんだ。自殺したらしいその死体は、少し腐敗が進んでいたけれどその体から見たこともないきれいな花が生えていた。 あまりの美しさにね、死体ごと持って帰る事にしたんだ。 変かい?そうだね。私はどこかおかしいのかもしれない。 調べたら、その花はどんな図鑑にも載っていない新種だとわかった。なんだかね、わくわくしたんだ。 これは、死者だけが咲かせられる花かもしれないってね。 私は様々なコネを使って身元不明の死体をもらって研究した。 どれも鉢に植えておくだけで、美しい花が咲いたよ。 そうやって研究した結果、どうやら人生で一番輝いていた場面を表現する、走馬灯のような花なんだと気付いたんだ。 それが、先程のリビングの花達さ。」 美しい花の下に1体の死体。 花の数だけのおびただしい量の死。 僕は身震いした。あまりの突拍子の無さに現実感がないのと、死体に囲まれていたんだと言う恐怖とが交互に浮かび、動く事さえ出来なかった。 「だけどね、どれも死んでから日が経っているものばかり。死んですぐに鉢に植えたらどうなるのか知りたくなったんだ。 1人目は、あの真っ黒な花。窒息死させて埋めたら、苦しそうな黒い花が咲いた。 これだと思ったよ。人生は美しい場面ばかりではない。苦しみや悲しみの連続。光ではなく影を表すこの花こそ私が求めているものだと。 ちなみに、あの赤い花は撲殺。自分の血が見えたんだろうね。鮮やかさではなく、悲しみが入ったいい赤だ。」 狂ってる。 この部屋の数だけ人を殺した? 10は越えてるぞ。 体中から汗が吹き出してきた。まずい、一刻も早くここをでなければ。 周りを見回すもこの部屋には、窓1つない。 そして、唯一の扉の前に彼。 「この趣味も大変でね。殺しても騒がれない人間を探すとこから始まるんだ。身寄りもなく、居なくなってもしばらく気付かれないような人。 君は、幼い時に両親を亡くしているね。そして、親戚とも没交渉。フリーターで、彼女もなし、と。仕事に対して若干のルーズさがあるのもいい。急にいなくなっても不自然さがない。」 まさか、あの出会いは偶然ではなく、仕組まれていた? 冷や汗がとまらない。 「このコレクションにはね、まだ足りないものがあってね。刺殺はまだなんだよ。」 いつの間にか、彼の右手にはナイフが握られている。 「大丈夫。怖がらなくていい。一瞬だからね。 そのあとは私が大切に育てるから。」 彼が微笑んだと思った時には、もう胸元にナイフが見えた。 ぼやけていく視界。ゾッとするほど美しい、彼の微笑。 ああ、僕の花は何色になるんだろう。
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