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5.静かな深夜(ダニス視点)
ダニスが目を覚ましたのは、鎮まりかえった夜の事だった。
流石に軍の走る足取りや声などは外から聞こえない。
国兵といえども休息は必要だ。今は数を減らして捜索に当たっているんだろう。
自分の上で、無防備に寝息をたてて寝ているアランを見ては、そういえばそのまま寝たんだと思い出す。
起こさない様にゆっくりとベッドに動かすして、毛布を上にかけた。
深く寝ているのか、微動だにしないアランに苦笑いしながらそっとブロンドの髪に触れる。
「そういう所は、年齢相応だな……」
アランの容姿は、誰が見ても息を飲むくらい、容姿端麗と言えるだろう。中性的な顔立ちは少し大人びて見える。
触れた髪から手を離し、ベッドから出ては、机に置いてある蝋燭に火を灯して小さく明かりをつける。
椅子に座ってダニスは心を落ち着ける為にタバコを吸って一服吸った。
静寂中、暫くしてコンコンと静まり返った部屋に玄関の扉から軽いノックの音が聞こえてくる。
ダニスは、タバコを灰皿に押し付けて扉の前に立つと2回ほどノックし返して、数秒してから4回軽くノックの音がするのを聞いてから、少しだけ玄関の扉を開けた。
現れたのは、20代前後の男で体は細っそりしてる。栗色の髪に天パなのか跳ねた髪をして帽子を被っていた。男は周囲を確認して小声で話出した。
「ダニスさんの予想通り、城で何かあったみたいです。相当な兵が城下町や普段見周らない下町まで捜索にあたってた様で、城内でも何か慌ただしいとか。まぁ、末端の兵からの情報なので真偽はわかりませんが……どうやら王が病気で倒れたとか兵士の間で噂になっているようです」
ほお、と興味深そうにダニスはその男からの報告を聞いて、それから深いため息が口から出る。
現状把握してる情報で1番最悪なケースを考えていたものの、今家の中にいる王子様には何も聞いてはいない。
しかし、継承権は1人、王子の待遇、追われている状況、ほぼ答えは出ていた。
もし、本当に王が病気で倒れたのなら、王位継承権の揉め事で王子の立場も悪くなる可能性はあるが、追われる身になるまでに圧倒的に期間が短すぎる。
2週間前には王は式典に顔を出していたと聞いていた。
それと……王子への待遇……。
本来あり得ないトラウマを植え付けられていた。
それは、もう王族に対する接し方ではない。
この状況を、王が病気で倒れた。だけで済ますにしては異常すぎる。
まさか、とは思うが……。とダニスは眉間にシワを寄せた。
「俺は夜明け前にここを出る。お前も拠点に戻れ、いつでもとんずらできる様にだけはしておけと拠点のヤツらには通達を頼む」
「……そんなにヤバイ状況ですか?」
男は意外そうに、髪と同じ栗色の目を丸くした。
「ああ、……城の中のヤツにまともな人間がいればいいが。下手すれば悪政が続くかもしれん。何が起こるか分からないと思っておいた方が良さそうだ。」
「まともとか、オレらが言うのもなんですけどねぇ」
男は、どこか可笑しそうに苦笑した。
それもそうだな。とダニスは鼻で笑い返すと、男は暫くして軽く頭を下げて周囲を確認しながら静かに立ち去った。
ダニスも特に何も無かったように扉を閉めると、椅子に座ってからチラリと気持ち良さそうに寝てるアランの方を見た。
「偶然にでも俺に見つけられたのが果たして凶と出るか、または現状を変える運にするかは、王子様次第だな……」
年齢相応な顔をして寝ているアランをダニスは暫く眺めた。
ダニスには同情する心はない。
どんな立場の人間だろうと不幸も不運も突然やってくるもので、例えどんなに耳を目を塞いだとしても今の現実は変わりはしない。
同情したとしてもアランの境遇が変わる訳でもない。
中途半端な優しさは、一時的に楽になっても虚しいものだ。
……そんな事は分かっている。
「………どうも、ダメだな」
どうにも自分自身の調子が狂っている事に、ダニスは深くため息を付いた。
ただ、王子は今の状況を受けて、不幸に嘆いて立ち止まるより逃走を選んだ。人というのは、絶望感に一度立ち止まると立ち上がるのには、時間がいる。
生きる希望や目的がなければ、生きる意味さえ見失ってしまうものだ。
ただ何も内に持たず、ただ逃げただけなのなら、城の中を知り尽くしてる兵に捕まらずにここまで逃げるのは難しいだろう。
果たしてこのまだまだ少年な王子様は、この短期間で一体内に何を持っているのか少しばかりダニスには興味深かった。
ダニスもまた苦い記憶を持ってる1人として……。
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