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7.下町の陰
ダニスといた家の隠し通路を降りれば、そこは地下水路に繋がっていた。
こんな逃げ道を用意してるなんて……本当に何者なのだろうか。
ダニスの後をついていくと途中にある地上へと上がる階段を登る。どこかの倉庫だろうか、その中の隠し通路の扉を開けて倉庫へと上がった。
「この辺りはまだ大丈夫そうだ」
ダニスは、外へと耳をすましているのか、兵達の声や足音がない事を察してはぼそりと呟いた。
どうやら兵から上手く逃れた事にホッとアランは息をつく。
「一安心するにはまだはやい。ここから、俺について来るなら気をつけて欲しい事がある」
「気をつけて欲しい事?」
アランは首を傾げる。
ダニスは真剣に言葉にするから、聞き流してはいけない事なのだろう。
兵に追われてる身だ、足手まといになる事は避けた方がいい。
「今から向かう場所で安易に人を信じない事だ。そして王子である事は黙ってろ。……後は……」
その言葉の後にジッと顔を見つめられたが、いや、何でもない。と口を噤んだ。
アランは途中で言葉を閉ざした事に気になった。
そんな所でやめられると誰だって気になるはずだ。
「え?何?気になるじゃないか」
そう聞いても、もう答える気はないのか、ダニスはこちらを見ない。
そのまま行くぞ、と言っては倉庫の外へと向かった。
何がなんだか分からないアランは、気になりつつも後をついていく。
「待ってましたよー!」
倉庫を出て直ぐに、道の端で立っていた男がこちらに話しかけてきた。
突然の事にアランは驚いて身構える。
ダニスは特に微動だにせずに、話しかけてきた男にため息を吐いた。
どうやら知り合いらしい。
「ティム……。お前は拠点に戻れって言ったはずだが?」
その男は、20代前後で体は細っそりした栗色の髪に天パなのか跳ねた髪の上から帽子を被っている青年はどこか楽しそうに笑った。
「ちゃんと皆には伝達しましたって!それよりダニスさんにしては、今回保守的なのが珍しいんでねー。拠点まで俺も付き添いますよっと……」
話の途中で、アランの方にティムという青年は視線を向けた。
興味深いのか少しだけ屈み気味に顔を覗いてくる。
アランはティムの圧に無意識に一歩下がった。
「で?こちらの少年は? ……は!! ……ダニスさんて守備範囲ひろっ…っぶふっ!!」
ダニスの拳骨がティムの頭を振り下ろした。
いててて、と唸りながら痛そうにティムは頭を手で抑える。
「……少し面倒な事に巻き込んだけだ。兵に目をつけられたから、連れてきまでだ。」
ふーん……とダニスの言葉にとりあえず納得したのかは分からないが、ティムはアランから目を離した。
「じゃあ、拠点までの兵の薄そうな場所は把握してるんで行きましょう。」
そう言ってティムが先陣を歩いていく。
どうやら、いく先がダニスの本来の居場所なのだろか?拠点としてる所まで行くらしい。
道中、ティムと目が合えばニッコリとしてくるので、人当たりのいい人物なのだろう。
少し軽い口調で話すが、嫌な気はしなかった。
しかし、下町とはいえ案内に従ってついていくと段々と物騒な雰囲気の場所になっていった。
路地の隅に数人いる人達は、明らかに普通じゃない。
ゴロツキというやつだろう。
こちらを興味深そうに見て来ている。
下品な笑い声や視線に不安を感じて、無意識にダニスの袖を掴んだ。
「俺から離れなければ大丈夫だ。」
ダニスの言葉にアランは頷いた。
この国には貴族、階級制がある。
王の政治で安定はしているものの、治安や経済の差で貴族が住む一角、平民が住む一角、更に下町とはどうしてもでるものだと学んではきたものの、実際にそういう場所に来た事はなかった。
王子がそんな所に来るわけもなく、民間に視察に来たとしても兵達によって安全が保証されている場所だ。
そんなアランからすれば、今目に移ってる光景は自分の知ってる民間の街中とはかけはなれていた。
そんな薄暗い雰囲気の下町の奥にある1つの建物に入る。
見た目は普通に並ぶレンガで作られた家だった。
そして、ここまで来たらダニスという人物がどういう存在なのか薄々とアランは感じ取っていた。
ダニスが入ると、周囲にいた人相の悪い図体もでかい様な人らがダニスに注視すると、睨まれたら一瞬怯みそうな男達がにこやかに返した。
「お帰りなさいボス!今回は早い帰りですね!?」
「ああ、それからそのボスって言うのはやめろって言ってるだろ。性に合わん。」
それに、一瞬周りに怯えたアランはどこか気が抜けるが同時に……ボス!?っと男が言った言葉に驚いた。
確かに、只者ではないと思っていた。
ここまでの道中ゴロツキに一切絡まれない事も……きっとアランが見てきた側の人間ではないんだろうとは思っていたが、まさか……その頂点に立つ人物だったとは。
「そうは言いますけど、ここの誰もがそう思ってますよ。……で、その少年は?」
「え? ……あ……」
サングラスをかけた1人の男が、アランを見てダニスに問うと他の人相の悪い男達も一切にこちらに向く。
人相の悪い数人に一気に睨まれ、アランは怯んだ。
城にも兵隊がいる以上厳つい男も顔が怖い男もいたが、ここの男達は兵と違った威圧感があった。
アランは、気圧されてその問いにどうしたらいいのかわからず、一歩下がりながら言葉を濁す。
「撤退する時に成り行きで巻き込んでな。暫くは匿うから……何もするなよ。」
「てー事は客人て事ですね。俺はボーンだ。よろしく、こんな所だが何かあれば言ってくれ」
サングラスを掛けた図体のでかい男は、不釣り合いにもニッコリとして笑ってきた。
アランは慌てて軽く頭を下げる。
「こ、こちらこそ世話になる。あ……アデルだ。」
不意に自分の名前を言いかけて、ダニスに王子だと悟られないようにしろと言われたのを思い出して、その場で適当に名乗った。
ダニスに信用するなと言われたけど、強面だがそんな不信感を抱かなくて良さそうだと思ってしまった。
「それで、この子はどうするんっすか?」
「そうだな……とりあえず俺の部屋に通しておけ」
了解でッス!とティムは軽い口調で返事をすると、ティムに案内されてついていった。
ダニスは、部下達と話しがあるらしく目でダニスの後ろ姿を見て直ぐにティムの案内の方に視線を移した。
部屋に案内されて、部屋中を一瞥する。
ダニスの人柄なのか、この建物の様子だからなのかは分からないが、出会った先で運ばれた家の中と変わらず質素だった。
必要最低限のというか、灰皿とコーヒーの豆を引くものとカップと何かの書物が少し置いてるあたりは生活感があるが、ボスと呼ばれるような人物にしては、存在の大きさを示すような豪華なものはない。
「味気ないっスよね。時々拠点や居場所を変えるとはいえ、貰い物は受け取らないし、組織を動かす資金以外はどこへやら?」
ティムが、アランの様子を見てそう答えて、ソファーに腰を掛けるように促される。
勝手が分かってるのか、コーヒーを入れるとアランに差し出した。
「ダニスさんは、俺がここに来る前から中心になってたんスけど、あまり物事に執着を見せないんですよ。」
そうなのか、とティムの話に興味を持ちながら差し出されたコーヒーを口にした。
それは何となくだけど、アランにも気がついていた。
どこか冷めた目をしている。
物事に囚われないというか、その人物がどういう人だろうとその事自体に興味はなそうだった。
自分が王子と知っても同じ人間として扱う。
「だから、珍しいッスね」
「……え??」
ティムがボソリと低い声で呟いて、ティムの方へと顔を上げた瞬間、ぐらりと視界が歪んだ。
アランは、とっさにソファーにしがみつく。
頭がぼんやりして、次第に体が熱を帯びたのか暑く感じて体はじんわりと汗ばんで、息があがりだした。
ティムという男はアランの頭を軽く撫でた。
「大丈夫ッスよ。それ死ぬようなものじゃないから」
そう呟くと、男は蠱惑的に笑みを浮かべた。
それを視界の隅に留めながら、アランは意思が朦朧としてなす術もなく体がソファーに倒れ込んだ。
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