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「おはようっ、折笠」
「……おはよう」
教室に入って来た柴崎が声をかけてくる。
席について受験勉強をしていた雛は顔を上げて固まった。
柴崎の額に眼鏡がかかっていたのだ。
これには何か理由があるのだろうか。
何故だかあれ以来、柴崎が頻繁に接触してくるようになった。
ある一定以上距離が縮まった相手にはいつもこうなのかもしれないが、3日経っても慣れる気がしない。
真斗や柴崎のような人の輪の中心にいる人種は予測ができず困惑する。
「聞いてくれよぉ。なんか気が付いたら眼鏡がなくなっててさぁ」
「……頭にあるけど」
「え?……あ、ほんとだ」
真顔で眼鏡をかけ直す柴崎。
ダンボールを落とした時も思ったが、柴崎は結構天然だと思う。
「なーなー折笠」
「……なに」
「俺も圭一らみたいに、雛って呼んじゃだめ?」
ドクンと、心臓が跳ねた。
あまりにも唐突に切り出され、無防備な表情を浮かべてしまう。
「なぁ、だめ?」
「え。…いや、別に、いいけど」
「マジっ?おっしゃー」
無邪気な笑みを向けられる。
柴崎の笑顔を見ていると、彼のような人間は何かを取り繕ったり、偽ったりするのかと思う時がある。
己の感情を押し殺して、誤魔化して、自分自身にさえ嘘をついて──
「俺のことも岳って呼んでくれていいからな、雛」
本来なら真逆の、矛盾した感情が入り混じるようなことが、彼にもあるのだろうか。
いつもは気にも留めない二文字であるのに、こんなにも胸を打つ。
まるでその音自体が熱を帯びるようだ。
「……柴崎は」
「がーく」
「が、岳は…」
俺なんかといて楽しいの?
「はよー、岳ぅ」
尋ねようとした問いは、やって来た女子生徒らに遮られた。
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