171人が本棚に入れています
本棚に追加
意識に靄がかかったようだった。
ここがどこなのかも分からない。
それでも不安や焦燥感はまるで湧いてこなかった。
唇に、柔らかいものが触れる。
気付けば仰向けになった自分に、誰かが覆い被さっていた。
不思議と驚きや恐怖はない。
寧ろ、自らが強く求め始める。
その首に腕を回し、肌を触れ合わせる。
お互い服を纏っていないのだと、この時認識した。
口付けは交わしたまま、次には相手の手が体に這わされる。
ゆっくりと輪郭を確かめるような動きに、熱い吐息が漏れた。
戸惑いも、焦りもない。
ただ、欲望だけが膨らんでいく。
欲しい。
もっと欲しい。
身も心も、満たして欲しい。
操られるように、自分の両足を開いていた。
口付けはより深くなり、互いに舌を絡め合い、時折唇を甘噛みする。
気付けばふたりは繋がっていた。
腰を打ち付けられ、甘い声を上げる。
交わしていた口付けが途切れ、相手の顔が離れた。
熱を帯びた双眸と視線が交わる。
目の前には、柴崎がいた。
『───雛』
「……」
目を開けると、馴染みのある天井が広がっていた。
携帯の目覚ましが鳴っている。
それが分かっているのに、雛は暫く動けずに放心していた。
やってしまった。
そう心の中で呟いた瞬間、絶望感が押し寄せてくる。
寝起きはいつも意識が朧げなのだが、先程まで見ていたもののおかげで一気に冴えてしまっていた。
上体を起こし、項垂れる。
くしゃりと髪に指を差し込んだ。
「まじ、最悪…」
本当に、最悪の気分だった。
この前の告白現場を目撃したことで、腹いせのつもりなのか。
夢で見た柴崎の熱を帯びた瞳が頭から離れない。
少し掠れた、俺の名を呼ぶ声も──。
「…っ」
彼を汚してしまった。
俺は汚れている。
普通じゃない。
俺のこれは、倉木のように肯定される美しいものなどでは決してない。
最初のコメントを投稿しよう!