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俺には、誰にも明かしていない秘め事がある。
そしてそれは、この先誰にも明かすことなく、最期まで自分の中だけに留めておくのだろう。
それでいいと思っているし、そうしなければならないのだとも思っている。
「あら、おかえりぃ」
学校から帰宅しリビングに入ると、キッチンにいる母の紗千香がこちらを振り返った。
実年齢より随分と若く見られる母親は、学生時代、学校で知らない者はいないほど美女として有名だったのだと、酔っ払った父がよく話していた。
「ちょっと走ってくる」
「あら、今日も?」
雛はブレザーを脱ぎながら紗千香に声をかける。
窓をみやれば少し曇ってはいるが、雨は降りそうになかった。
陸上部の長距離選手だった雛は、3年最後の大会を終え、引退を迎えた。
それでも習慣付いたランニングは相変わらず続けている。
単純に黙々と1人で走ることが好きなのだ。
「あまり遅くならないようにね。夕ご飯、冷めちゃうから」
「あぁ」
水を一杯飲み、リビングを後にする。
階段を上がり、部屋へと向かった。
室内が息苦しく感じて窓を開けると、冷たい風が頬を撫でる。
雲の隙間から夕焼け空が覗いていた。
最近は陽が沈むのが早いので、急いだほうがいいだろう。
そうしてふと見た先で、姿見に映った自分と目が合う。
色素の薄い髪に細い顎、猫のような吊り目は、よく周りに母親似だと言われる。
どことなく中性的な見た目のせいで、よく周りには「ヒナちゃん」と呼ばれ揶揄われていた。
雛という名前は、3月といったら雛祭りだという随分安直なものだ。
出産前の検査で間違われ、女の子が生まれてくると思われていたらしい。
実際蓋を開ければ男だったわけだが、マイペースなうちの両親はそのままつけてしまったのだ。
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