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鏡から視線を逸らし、クローゼットを開ける。
中には、未だに陸上部のジャージがあった。
最後の大会では、長距離の5000で全国大会まで進んだ。
中学も楽しかったが、やはり高校は陸上の強豪校であったために、とても色濃い日々を送り充実もしていた。
しかし1つ、先輩後輩の関係だけは苦手だった。
たった1つ2つ年下の相手に敬語で話されることが落ち着かないのだ。
幼い頃によく遊んでいた相手でも、中学で先輩後輩になれば、「折笠先輩」と呼ばれ、話す時も敬語になる。
その度になんとも複雑な気持ちになったものだ。
雛の誕生日は3月31日。
2日後に生まれていたら学年は違っていたので、1つ下の後輩とはほぼ同学年のようなものなのだが──。
同学年、という言葉にある人物が頭を過ぎりそうになってすぐに振り払った。
それでも完全には振り切れず、うっすらと頭に浮かんだニヤケ顔に顔を顰める。
幸いにもその人物はまだ家に帰って来てはいないようだ。
切り替えるように制服からジャージに着替えて家を出た。
入念にストレッチをして筋肉を伸ばし、次には走り出す。
田舎なのでランニングコースは十分に確保できる。
少しした所に川があり、その周辺を走るだけでもそれなりの距離があるのだ。
風も心地良く、空は他の場所よりも開けていて眺めもいい。
季節は冬に変わりつつあった。
もう少しで、高校生活も終わる。
そうすればもう、この苦しみから解放されるのだろうか。
走っている時は何かを考えなくても済む。
走るという行為に没頭でき、悩みや不安、胸のうちに秘めたものを忘れられた。
だから俺は走り続ける。
自分の胸の内に抱く想いに気付かないように。
忘れられるように。
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