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やがて化学準備室前に辿り着いた。
扉は閉まっていたが、鍵は柴崎が事前に担任から預かっている。
「えーっと、カギカギー」
ポケットから鍵を取り出そうとする柴崎を、慣れない力仕事で疲れを滲ませる雛はぼんやりと眺めていた。
ツーブロックに刈り上げられた後頭部から伸びる頸は、部活時の日焼けを残し健康的な色をしている。
真夏のグラウンドを駆けていた柴崎の背中を思い出した。
柴崎の首筋に伝う汗が、頭を過ぎる──。
「…っ」
ふっと、湧き上がってきたものに息を飲んだ。
必死に目を背け続けているもの。
どれだけ抑え込もうとしても、ほんの小さなきっかけでこうもあっさりと溢れ出してしまう。
それがどうしようもなく恐ろしかった。
自分が酷く、醜く思えた。
「いってぇ!」
悲鳴じみた声が上がった。
我に返ると、気付けば柴崎がしゃがみ込んでいる。
足を押さえて悶えているが、どうやら鍵を取ろうとした時、持つのが疎かになっていたダンボールが足の上に落ちてしまったらしい。
基本なんでもやってのける柴崎だが、意外と抜けているところがある。
「大丈夫か…?」
身を屈め様子を伺うと、突然柴崎の顔が上がった。
至近距離で見つめ合うことになり、激しく動揺する。
咄嗟に身を起こし、目を逸らした自分に舌打ちしたくなる。
今のはあまりにもあからさま過ぎた。
一瞬静寂が起こった。
不安になり、恐る恐る視線を向けて動揺する。
真っ直ぐな瞳で、柴崎がこちらを見ていたのだ。
「な、なに…?」
「……折笠さ」
立ち上がった柴崎が、こちらに歩み寄る。
無意識に後退していた体は、次には廊下の壁にぶつかった。
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