秘め事

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すぐ目の前で立ち止まる柴崎が、ゆっくりと顔を近づけてくる。 何が起こっているのか理解できず、雛はそれ以上動けずに固まっていた。 スン、と乾いた音が耳元でする。 「やっぱり」と呟くハスキーな声が鼓膜を震わせた。 すぐ近くに寄せられた体が離れていく。 体の内側がどうしようもなく熱くて、指先が僅かに震えていた。 「なんか折笠、甘い香りがする」 「え。……っあ」 真斗の姿が頭を過ぎる。 さらに体温が上がり、顔が火照った。 最悪だ。 絶対に今、真っ赤になってる。 「いや、その、これは違うんです…」 「ん。なんで敬語?」 これは癖だ。 恥ずかしい時は、何故か敬語になってしまう。 圭一や俊輔には平気だったのに。 女物の香水を付けているだなんて、恥ずかしくて堪らなかった。 「す、すみません」 「なんで謝るの?」 「……なんででしょう」 自分でも分からず首を傾げると、次には柴崎が声をあげて笑い出した。 目の前でケタケタ笑う相手を、呆然と眺める。 「もっとクールな感じなのかと思ってたけど、折笠っておもしれーのな」 向けられた笑みから、目を逸らせなかった。 まただ。抑え込んでいたものが、溢れ出す。 知りたくない。知りたくない。 こんな醜いものが自分の中にあることを、自覚したくなかった。 自分のせいで、彼が汚れていくようで── 罪悪感に、胸が押し潰されそうになる。 「……すみません」 「だからなんでだよー」 雲ひとつない晴れ空のようだ。 美しく澄んで、輝いていて。 眩し過ぎて、直視できない。 遠くから、運動部の掛け声が聞こえる。 もうすぐ、高校生活が終わる。 最後の季節も、すぐに通り過ぎていく。 そうすればきっと、この浅ましい想いも消えていく。 忘れていく。
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