171人が本棚に入れています
本棚に追加
すぐ目の前で立ち止まる柴崎が、ゆっくりと顔を近づけてくる。
何が起こっているのか理解できず、雛はそれ以上動けずに固まっていた。
スン、と乾いた音が耳元でする。
「やっぱり」と呟くハスキーな声が鼓膜を震わせた。
すぐ近くに寄せられた体が離れていく。
体の内側がどうしようもなく熱くて、指先が僅かに震えていた。
「なんか折笠、甘い香りがする」
「え。……っあ」
真斗の姿が頭を過ぎる。
さらに体温が上がり、顔が火照った。
最悪だ。
絶対に今、真っ赤になってる。
「いや、その、これは違うんです…」
「ん。なんで敬語?」
これは癖だ。
恥ずかしい時は、何故か敬語になってしまう。
圭一や俊輔には平気だったのに。
女物の香水を付けているだなんて、恥ずかしくて堪らなかった。
「す、すみません」
「なんで謝るの?」
「……なんででしょう」
自分でも分からず首を傾げると、次には柴崎が声をあげて笑い出した。
目の前でケタケタ笑う相手を、呆然と眺める。
「もっとクールな感じなのかと思ってたけど、折笠っておもしれーのな」
向けられた笑みから、目を逸らせなかった。
まただ。抑え込んでいたものが、溢れ出す。
知りたくない。知りたくない。
こんな醜いものが自分の中にあることを、自覚したくなかった。
自分のせいで、彼が汚れていくようで──
罪悪感に、胸が押し潰されそうになる。
「……すみません」
「だからなんでだよー」
雲ひとつない晴れ空のようだ。
美しく澄んで、輝いていて。
眩し過ぎて、直視できない。
遠くから、運動部の掛け声が聞こえる。
もうすぐ、高校生活が終わる。
最後の季節も、すぐに通り過ぎていく。
そうすればきっと、この浅ましい想いも消えていく。
忘れていく。
最初のコメントを投稿しよう!