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ザザザァ、ザザァ、と波が音を立てる。
太陽がちりちりと照りつけているようだったが、不思議と暑さは感じなかった。
僕はテトラポッドに取り囲まれた防波堤の上を沖へ向かって歩いた。
いつもなら釣り人やら泥棒猫やらが行き来しているが、今日はがらんとしている。
僕は防波堤の中ほどで立ち止まった。
───カサゴなんかはいるだろうか。
そう思い、テトラポッドの隙間を覗き込む。
でこぼこの壁面を慌ただしく数匹のフナムシが走っていった。
目を細くして水面を睨み続けたが、とうとう魚は見つからなかった。
おもむろに視線を沖の方に戻す。
と、防波堤の先端に1人の少女が立っていた。
まさにふわり、という言葉が似合う、白い、白いワンピースを着ていた。
少女は、彼女の足元でみるみる砕け散っていく波をじっと見つめていた。
僕は少女の左側で胡座をかいた。
そして、ぴかぴかと輝く水平線の向こうをただ見つめていた。
「どうして、海なの」
しばらくして、少女が波に目を向けたまま話しかけてきた。
僕は、ちらりと少女の方を見て、再び水平線の方に視線を戻した。
少女のワンピースが太陽の光を吸って、ぼんやりと光っているように見えた。
別段これといった深い理由があったわけではなかった。
「...馴染みがあるから...かなぁ」
僕が何とか絞り出した答えに少女はクスッと笑った。
「変なの。苦しいのに、溺死」
そのまま静かに、ゆるゆると時が流れる。
いつの間にか僕は、少女にたずねていた。
「波って、どこから来ると思う?」
「...分からない」
少女は、ぽつりと呟いた。
そうしている間にも、波は次々、少女の足元で形を失っていった。
「...でも、終わるのはここ」
少女は続けて言った。
「...ああ」
そよそよと、ぬるい風が右から左へと抜けていった。
海の向こうで、ウミネコがニャアと鳴いた。
いつの間にか僕の視線は、水平線ではなく空に向けられていた。
───何してたんだっけ。
「おでんが食いたいなぁ」
もうほんのりと赤く染まってきている空に向かって言った。
ふと、右側に目をやる。
きらりと、波の反射が眩しい。
さっきよりも幾分か近づいて、ウミネコのニャアという声がした。
───お前のせいだよ。
心の中で、ウミネコに舌を出した。
僕は、僕の足元で終わりを迎える波を見つめていた。
終わり、か。
僕はゆっくりと立ち上がると、元来た方へと歩いて帰った。
ザザザァ、ザァザザと、波はただ風になびいているだけだった。
奥でどっしりと構えている山の方はもう暗くなって、ふもとの港町にはぽつぽつと明かりが灯り始めていた。
心做しか、歩く足音が弾みだした。
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