季節外れの春

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 肩にレイの手がかかる。  肩から体温が伝わり、今人と触れあっていると実感させられていく。 「右腕を軽く上げてください」  言われるまま右腕を横に上げる。  人に洗ってもらうのは何年ぶりだろう。  そもそも、美由は付き合ってきた人たちと一緒に風呂に入ったことがなかったのを思い出した。  自然に風呂場に入り、そのことをすっかり忘れていた。  背中を洗っていたレイの手が腰に回される。  後ろから抱きしめられる形になりレイの身体が美由を包み込むように密着する。  前戯はすでに始まっていた。  レイの胸の突起が背中に当たっているのがわかる。  全身をスポンジにするかのように、レイは身体を絡めてくる。  身体に付いた泡がこすれ合う。  シャワーの段階から前戯を始めると聞いていなかったが身体は素直に受け入れていく。  指の一本一本を確認するかのように手を握られる。  その行為は身体を清め罪を洗い流す『(みそぎ)』を感じさせた。  大げさな言い方だと美由は心の中で微笑んだつもりだったが顔に出ていたらしく、レイは美由の突然の笑顔に驚いた。 「美由さん? くすぐったいですか?」  「ううん。そうじゃないの。(みそぎ)みたいだなって思って」 「みそぎ? えっと清めるやつですか?」 「そうそう」 「はは。それなら、これからのために全部洗い流してしまいましょう」  いきなり(みそぎ)と言われたレイは困ったように笑っていたが、ちゃんと美由のために言葉を紡いでくれた。  美由はそれが嬉しくて思わず言葉が漏れた。 「ありがとう」 「いえいえ」  洗い流すことに言われた言葉だとレイは思ったことだろう。 「ねえ、私がレイさんを洗っても良いんだよね」   「もちろんです」 「じゃあ、洗うね」  レイからスポンジを受け取り、バスチェアを交代した。  レイの背中は少し広く、運動でもやってるのか引き締まっていた。  綺麗というほどではなかったがレイの人生がどこか刻まれている気が美由にはした。  ――人の背中で印象に残ってるのは初めて付き合った相手だった。  その人の背中は白く、右側に一つだけホクロがあった。  その人の少し浮き出た背骨を撫でるのが好きだった。  レイの背中はその人と似ていないが好きになる背中だった。  それはレイの背中だからだろうか。  スポンジでゆっくり洗っていく。 「んっ……」 「ごめん痛かった?」 「いえ、私感じやすくて美由さんに背中洗ってもらってるだけで、濡れてきちゃいました」  それはレイの身体が早く『したい』と疼いているのだ。  陰毛の無い割れ目から愛液が流れているのかと想像するだけで美由も濡れてきた  泡を洗い落とし、バスタオルでお互いを拭き合うとレイが美由の手を引いてベッドにゆっくり押し倒した。   レイは耳元で囁いた。  「今日はどういった心境でご利用を?」 「人肌がほしくて、いや、セックスがしたくて……」  「承知しました」  レイはゆっくり美由の頬を撫でる。  獣が舌で獲物の感触楽しんでいるかのようだ。  自分の上にレイが乗っている光景が夢のように現実感がない。  でも、その体温は本物だ。  彼女の柔らかい唇が重なる。  唇の感触も五年ぶりだ。 初めてキスをしたのは学生時代に友達とふざけたときだけど、当時もドキドキした。  それは友達同士でキスをすることにドキドキしたのではない。  キスという行為にドキドキしたのだ。  唇が離れたときレイは小さく「可愛い……」と美由に向けて言った。  その言葉が耳に入った途端、美由は泣いた。 「うぐぅ……」  目の前にレイがいるというのに顔を腕で隠し、泣きじゃくった。  声を押し殺しても涙を交えた声は漏れるばかりだ。  自分でも抑えることが出来ないほど涙と声があふれ出る。  レイは目を丸くして固まり、慌てて美由から離れるとベッドの上で正座した。 「ごめんなさい! ……私、何か気に障った事を!」  ――違う! 違うの! 「だって、可愛いって言われたの久しぶりなんだもん……」  恥ずかしい。四十になって二十も年下の子の前で泣いている。 「可愛い……」  レイは囁くようにまた言った。 「っ!」  恥ずかしくてシーツで顔を隠した。 「美由さんの今の反応も可愛いかったです」  レイはゆっくりと美由の顔をやさしく撫で、包み込むようにキスをした。  今度のキスはこれからすることへの合図を込めた深いものだった。  彼女の肌が触れる面積が広くなるにつれ、神経が張り詰める。  バスローブとシーツの絹擦れがシュルシュルと音を立てる。  オレンジ色の電気すら眩しいと感じたのかレイはベッドの上にあるスイッチを押した。  電気を消された部屋は非常灯すら眩しく感じた。  非常灯の明りでレイの顔が薄っすら照らされる。 映画のワンシーンを見ているようで現実感が無かった。  緊張のせいか美由の全身に鳥肌が立つ。  ゆっくりと触れ合う肌は布同士のように擦れ合う。  しばらく感じていなかった感触に美由の乳首は勃ち、花弁は濡れた。  レイは肌で感じ取ったのか美由の乳首を右人差し指と親指で摘まんだ。  恥ずかしい。久しぶりの行為のせいではない。  美由は自分が女であることを自覚させられるこの瞬間がたまらなく恥ずかしく、そして快感だった。  美由は思わずレイを抱きしめた。  自分の胸にレイを埋めるように抱きしめた。  レイは美由の心意を読み取ったのか美由の右乳首を赤子のように吸った。  慣れた舌先で転がすのはやはりプロというべきか。  美由の腕にチカラがこもる。  お互いの息遣いだけが部屋を包む。 「美由さん」  名前を呼ばれ、またキスをする。  お互いを貪るようにキスをした。  お互いを知らないからこそできるキス。  見えないからこそできるキス。  美由は次にレイが何をするか気配でわかった。  美由の花弁を広げると肉芽を舌先でつついた。  声はこらえたが身体はビクりと反応した。  レイの金色の頭を撫でるように押さえた。  柔らかい舌が肉芽を撫であげる。  美由は片手にシーツを掴んだ。  一人では絶対に感じ得ない感覚。  美由の成熟した身体がレイの若い身体を求める。 「もっと……して」  普段は言わないのにこのときだけ無意識に相手を求めた。  レイは返事の代わりに顔を上げ、美由にキスをすると右手で愛撫をした。  キスをしたままの愛撫は美由の身体を徐々に快楽で蝕んでいく。  レイの唇が美由から離れた時、糸が引き、その糸が切れてしまうのも惜しかった。  美由はレイに惚れてしまったのだ。   ◇  いつ行為が終ったのだろう。  美由は身体は汗で濡れ、下半身も愛液まみれになっていた。  お互い横になれながら向かい合い、以前からの恋人同士のように布団の中で手を繋いだ。 「レイさんってさ。声良いよね。放送部とかやってたの?」  そう訊くとレイは顔を耀けせて喜んだ。 「ありがとうございます! 役者志望だったんです。ヘッポコ過ぎてやめましたけど」  美由はヘッポコという響きが可笑しくて思わず笑ってしまった。 「ふふ。ごめんなさい。ヘッポコって響きが可笑しくて」 「いえいえ、笑ってもらえるのは嬉しいです」 「へぇー役者目指してたんだーすごいなー」 『夢があって』と心の中で付け足した。 「ヘッポコ役者でしたよ」 「どうしてやめちゃったの?」 「うーん。全体的に向かなかったとしか」 「……そっか。そう悩むときあるよね」 「今は新しい夢を探してます」  「レイさん、若いからすぐ見つかるよ。私なんて、おば……おばさんだし」  美由は自分で自分のことを「おばさん」というのに今でも抵抗がある。  ずっと笠間美由として生きてきたのにお嬢さん、お姉さん、おばさんと勝手に括られてきたのが嫌だった。 「世間て勝手ですよね。年齢でカテゴライズするんだから」  レイは美由の心を読んだかのように言葉を渡してきた。 「美由さんは四十だからって言ってますけど、私からしたら四十ってお姉さんなんですよ」  レイの言葉の意味がわからず、言葉が出てこなかった。 「だって私が生まれた時に二十だったわけだし、私が五歳のときに二十五歳じゃないですか。だから、私にとって三十とか四十ってお姉さんでしかないんですよ」  そんな考え方もあるのかな。  何か言いくるめられたような気がして美由は釈然としなかった。 「あたしも親に言われるんですよね。もう二十歳なんだからって」 「まだ二十歳じゃない」 「美由さんもまだ四十歳じゃないですか」 「二十歳と四十歳じゃ全然違うよ……」 「貴女はまだお若い」  レイの凛とした二つの瞳は真っ直ぐと美由を見つめた。  美由はその瞳に絡めとられたかのように動けなかった。 「貴女はまだ若いですよ」  その言葉の重みは自分より遥か上の年齢の人間に諭された、子どもの頃、先生に教わるときの感覚だった。 「レイさんって本当に二十歳なの?」 「免許証見せますか? ……って仕事上見せられないですけどね」  美由はレイが怖くなった。  自分が二十歳のときにあんなことが言えただろうか。  それとも今の二十代はこれが当たり前なのだろうか。 ――貴女はまだお若い。  二十歳も年上の人間に良く言えたものだ。  自分はいつから大人になっていたのだろう。  医学上大人だったら生理を迎えて以降になるだろうし、二十歳になったときも大人になったと思ったことはない。  大人になるのと大人の権利を手に入れるのは違うだろう。    時間が来てしまい美由のシンデレラの時間は終わりへと向かった。  最後の最後までシンデレラとしてレイは美由に服を着せ、靴を履かせた。 「美由さん、お別れのキスしましょう」  少年と少女が同居しているようなレイの笑顔を見た瞬間、美由の心は少女の初恋のような気持ちにさせた。 扉を背に交わすキスは再び身体を熱くさせた。  美由は別れ際に背伸びをしてレイの耳元で囁いた。 「またお願いするね……」  レイはすぐさま次の予約の意味だとわかったようだ。 「ありがとうござます」  レイの言葉は仕事の言葉とレイ自身の言葉が混じっている。  だからいつかレイの言葉だけを聴きたと美由は思った。  叶うかわからないが美由はレイに恋をした。    家に帰っても美由の動悸は治まらなかった。  ――ああ。この感じ久しぶりだな。  自分の胸に手を当て、少女のように呟いた。 「恋をしてるときのドキドキだ」
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