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レイと身体を交えてから二週間。美由の心は充実していた。
曇りに見えていた世界に太陽が射し、世界はこんなにも美しいんだと照らしているかのように見えた。
朝の掃除が楽しかった。
夕方の買い物が楽しかった。
夜の読書が楽しかった。
一日一日が楽しかった。
仕事での電話でも「笠間さん、最近明るいですね」と言われるようになった。
「やっぱり『人』って『人』がいないとダメなのかな」
両親はすでに他界し、親戚付き合いもなく五年間にした会話は店員とのやりとりと仕事での話だけだった。
美由にとってはそれらは会話と呼べなかった。
友人はいたが所詮、学校止まりの職場止まりの友人しか美由にはいなかった。
結婚して疎遠になった友人、昔と人が変わってしまい疎遠になった友人。
いや、友人たちから見たら私も変わったのかもしれない。
まだ二十代だった頃に一度だけ言われたことがある。
「以前の美由の方が好きだった」
自分はずっと変わらずにいたと思っていた。
カメレオンが色を変えるみたいに人間も環境で変わっていく。
私はこの五年間、孤独だと思っていた。
今、思い返すとずっと一人だった。
家族も友人も恋人も自分が一人ではないことを取り繕う壁に過ぎなかったのだ。
「またレイさんに会いたいな……」
何かを基準にしているわけではないが二週間経ったからもう一度あの店を利用しても良いだろう。
「あの以前、利用した笠間です。今回は指名でレイさんを……」
早速、店に電話をかけた。
◇
先にホテルで待っているように指示された美由は以前と同じホテルで同じ部屋が空いていたのでそこを選び、上着をハンガーにかけるなどしていたら、部屋のチャイムがなった。
「美由さん! ご指名ありがとうござます!」
部屋のドアを開けると笑顔のレイがぬいぐるみを抱えて立っていた。
「さっきゲームセンターで取ったんで、よかったらあげますよ! 本当はいけないんですけど、指名してくださったお礼にどうぞ!」
部屋に入ってくるなり、美由に袋とセットで渡してきた。
「あ、ありがとう」
30cmくらいのフワフワした丸くて白い犬のぬいぐるみを貰った。
最初は面喰らったけど素直に嬉しかった。
ぬいぐるみを貰うのは二十年ぶりだ。
「お客様に物あげるの本当は良くないんで、お店には言わないでくださいね」
「う、うん」
レイは「黙っててくださいね」と両手を合わせてウィンクした。
そのしぐさが漫画的で思わず笑ってしまった。
――今度は私から何かプレゼントしようかな。
美由はこの時点で次のレイへの指名を決めていた。
以前と同じようにシャワーを一緒に浴び、ベッドへ向かった。
「今日は道具使いますか?」
レイは以前は持ってきてなかった鞄をもってきており、その中から大人のおもちゃをいろいろと出してきた。
専門だけあって、美由が見た事ないものが何個かあった。
美由は道具を選んでるレイの手首を掴んで、首を振った。
「貴女の指が良い……」
道具なら一人でするときでもできる。
でも、レイの手はレイといるときにしか触れられない。
「貴女と少しでも繋がっていたいの」
美由の言葉を聞いてレイはすぐに承諾した。
レイは美由の気持ちを汲み取り、以前より激しい愛撫だった。
美由がイッてもレイは続けた。
それが美由の望んだことだったから。
◇
前回よりも汗をかいた美由とレイは冷蔵庫からコーラを出し、二人で飲みながら、話をした。
「ねえ、レイさん。知らない人と身体重ねるの怖くないの?」
レイを抱きしめながら美由は聞いた。
「女の子とするのが好きなんで怖いって考えたことないですね」
「そうなんだ」
「逆に知ってる人の方がやりにくいですね」
「知ってる人?」
「友達とか先輩とかからそういう関係に持っていくのが苦手って感じです。半端に相手のこと知ってると恥ずかしくて」
「あ、なんかわかるかも……」
「知らない人とするときってお互い経歴とか趣味とか性格とか何も知らずにできる。それに恥ずかしいところ見せたってお互いに共通の知り合いがいなければそういう話を共有されることもないし……」
一瞬、レイの過去が少し見えた気がした。
美由はそれ以上話を深堀せず時間が来るまでレイとペッティングをした。
◇
『すみません、今日はレイちゃんお休みなんですよ。他の娘なら行けますが』
「他の娘……いえ、大丈夫です。レイさんにお大事にとお伝えください」
『いつもご利用ありがとうございます!』
店側から他の娘を勧められたとき一瞬、自分がレイ以外の女としているところを想像した。とても気分にはなれなかった。
「……生理かな」
女の身体の構造上、常にとはいかない。
美由はもうセックスがしたいのではない、レイに抱かれたいのだ。
身体の関係はあるのにレイの本名も住んでいる場所も知らない。
それが合法的とはいえ、お金での関係なのだと頭ではわかってはいても「なぜ」という感情が湧いてくる。
――身体は知っているのになぜ私はレイさんについて知らないのだろう。
こんな形で出会わなければ。
しかし、こんな形でなければ、どこでレイと知り合うことが出来たのだろうか。
『恥ずかしいところ見せたってお互いに共通の知り合いがいなければそういう話を共有されることもないし』
レイの言っていた言葉には美由にも覚えがあった。
初めて恋人が出来たことを友人に話したとき「どこまでしたの?」とまず聞かれた。
恥ずかしかったが「最後まで」と答えた。
友人はニヤニヤしながら「へぇーおめでとう」と言った。
美由はあのとき友人を気持ち悪いと思った。
――ああ。この子の頭の中には今、私がセックスしている姿が浮かんでいるんだ。
久しぶりの友人との再会だったがそれ以降、会っていない。
褒めて欲しかった。祝福して欲しかった。
ただそれだけだった。
レイはきっと、自分と同じで誰かに話して言いふらされて傷ついた経験があるのだろう。
美由はそのレイを傷つけたであろう見知らぬ友人に対して怒りがこみあげてきた。
行き場のない怒りなのはわかっていた。
美由は心を落ち着けるかのようにレイから貰ったぬいぐるみを撫でた。
白くて丸い犬。
レイと似ていないが美由はたまに『レイ』と呼び、一人で慰める。
物足りなくなった美由はレイが付けているであろう香水を探し、ぬいぐるみに軽く付けた。
「……レイさんと同じ匂いがする」
美由は極端に金が無いわけではないが女の身体の構造上と仕事の都合でレイに会うのは月に二回が限度だった。
美由はレイに夢中になっていた。
恋をする楽しみを思い出すととても厄介だ。
片思いの苦しみすら快楽に感じる。
叶わない。いや叶うかもしれないから楽しい。
叶えたい。
美由の日常はレイを思えば思うほど充実していった。
しかし、美由はあることを見落としていた。
「これってホストにハマっているのと同じなのでは?」
レイが自分を可愛いとか綺麗だとか言ってくれるのは仕事だからに決まってるじゃないか。
なんて馬鹿なのだろう。舞い上がっていた自分が恥ずかしい。
美由は本当にレイに恋をしてしまったからいまさらこんなことに気付いたところでもう戻れなかった。
ダメな恋だとはわかっていても一度灯った火は中々消えてはくれない。
消えるどころかどんどんと燃え上がるばかりだ。
自分の恋は違う。自分は他の人たちとは違うんだ。
心の中で思ってた。
自分は特別なのだと思っていた。
特別なことなんかない。
レイは他の客にも同じことを言い。やるのだ。
出会った場所が憎くて、でも、そこで出会わなければ一生、出会うことのなかったレイ……。
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