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『いつから推すようになったの?』
従妹からのラインを返せずにいた。
暗い部屋の中で灯るスマホの画面とかれこれ数時間はにらめっこしている。
いつからだろうか。
知ったのは高校に入ってすぐだった。
たまたま校内放送でその人の言葉を聴いた。あの時の猛烈な喜び? は今でも忘れられない。けど、その時はその人というよりも、その言葉だけを求めていた。だから、あの人の作るあの作品と口にするようになった瞬間に、おそらく私は推し? 始めたのだと思う。
それがいつなのか分からない。
ため息を零してみる。
小学生の頃に、ため息すると幸せが逃げると言っていた先生がいたけど、あれは嘘っぱちだ。ガス抜き? なんていうか、ストレスみたいな言葉に仕切れない良くないものを吐き出すために、ため息はある。
だから、これは生きるために必要な行為なんだ。
がしゃん。
下の階から大きな音がした。
私は耳を塞ぐ。
でも、気になって少しだけ手を放す。
「どうしていつもそうなの!」
床はどうしてすべての音を遮断してくれないのだろうか。男にとられて戻ってきたイヤホンをなぞる。
「ママが私の夢をぶち壊したからじゃない!」
何かが割れる音がした。
何だろうと、音の輪郭を辿る。
また、ヒステリックに叫ぶ声が聞こえる。
私はイヤホンをした。
ベッドから起き上がり、足の踏み場もない部屋をつま先立ちで進み、月が淡く灯る世界へと手を伸ばす。鍵を開けて、世界への入口に触れる。埃っぽい空気が春の柔らかなものへと変わっていく。
束の間の息継ぎだった。
鼓膜を震わせる言葉は、喜び? よりも悲しみ? を運んできた。
窓辺に寄りかかる。
頭がガラスに触れた瞬間、イヤホンが耳から外れる。
「ママが変だから、咲良があんなんになるんだよ!」
胸が苦しくなった。それは推し? の言葉を聴いたからではない。
私は私を信じられなくなった。
私の生きる居場所はどこなのだろう。
急いでスマホの下へ駆け寄る。
右耳から流れる悲しい言葉は浸透して、左耳から聞こえる悲しい言葉は傷を刻む。同じ悲しいでもこんなにも違う。
スマホの画面が灯る。
『今から』
私はそう従妹に返信した。
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