ペラルゴニウムの返礼

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 庭が花に彩られてから数日後、メアリは温室が欲しいと言い出した。その手には、いつの間に手に入れたのか、どこかの国の花畑を収録した写真集があった。聞けば、花屋の主人に、貴重な種と共に貰ったのだという。 「家を丸ごと覆えなどと言っているのではありません。庭のほんの少し、花壇と植木鉢を置いてあるあの辺りを包める程度でいいのです。南の島に咲いている花を見たことがあって? どれもとても大きく艶やかで、あんな爪の先にも劣るようなのとは比べるまでもありません。その種が手に入ったのだから、植えない手はないでしょう。貴方まさか、わざわざ遠いところからやってきた花に、碌な環境も用意せず、ただ土と水を与えるだけで終わるつもりではないでしょうね? えぇそうでしょうとも、貴方ならやりかねませんね。結婚して四十年、私に娯楽の一つも用意せず、ただ食事を与えるだけで家事をさせようとするような、冷たい貴方ですものね」  かくして、サーリマン家の庭の半分を覆う、大きなビニールハウスが出来上がった。メアリの注文に応え、温度を亜熱帯のそれと似たものに再現できるようにした。中は冬でも半袖を余儀なくされるほどに熱がこもり、おまけに新入りの花々の大きな葉から放たれる水気が混ざって、むせ返るほどに蒸し暑かった。  そんな場所に長く居座ることに身体が耐えられなかったのか、メアリはしばらくして病に伏せた。  温室は二階の窓から眺めるばかりになり、中の植物たちの世話は、エドガーに任せきりになった。  エドガーは毎朝毎晩、仕事に出かける前と、仕事から帰った時に温室に顔を出しては、植物一つ一つに霧吹きで水をやり、土に肥料を混ぜ、植木鉢は太陽に同じ場所ばかりが当たらぬよう、定期的に位置を入れ替えた。充実した環境ゆえか、エドガーの献身的な世話のおかげか、温室の中では花々は年中問わず綺麗に咲き続けた。  エドガーはその間、ずっとずっとマスクとゴーグルをつけていた。  彼の花粉症は、ますます悪化していった。
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