ペラルゴニウムの返礼

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 その日仕事から戻ると、温室の明かりが点いているのが外から見えて、はて、消し忘れたかなと、首を傾げた。  覗き込むと、中にはメアリがいた。温室の中心でフラフラと立っている。明らかに具合が悪そうだが、それ以上に怒りと戸惑いを湛えた目で、こちらを睨みつけていた。緊張か、鼻が少しかゆい。 「どうしたんだい、まだ安静にしていなくちゃ」 「たまには、私が掃除をしてあげようと思ったのです。ついでに、私の温室の中もと」  絞り出すような声は、混乱しているようにも聞こえた。 「これは、なんですか」 「メアリ、この温室は、もう君のものではないよ」 「これは何だと訊いているのです!」  メアリの細い腕が花壇を指さす。癇癪染みた怒り方をするところを見るのは初めてだった。 「わ、私は、貴方なら心配いらないだろうと、信用していたから温室を任せたのです! それを、よくも……!」  その言葉に感じるところは何もなかった。信用していた、と言われて、誰があれらの言葉を許せようか。「たまには掃除をしてあげよう」? 何故自分が恩に着せられねばならないのだ。 「お前が悪いのだろう。お前が、私の献身を、愛情を、理解しようとしないから……!」  メアリがギョッとした様子でエドガーを見た。メアリの身体を突き飛ばす。抵抗しようともがく彼女を、無理矢理外へと引っ張り出した。 「出ていけ! お前などもう知るものか!」  病に侵された老体はとても軽く、突き飛ばせばあっけなく、外のアスファルトの上に転がった。目に溜まった涙をこぼしながら鍵を閉め、温室へ向き直る。たくさんの花達を愛おし気に見つめる。 「あんな奴はもう知らない。私はお前達さえいればいいんだ、お前達さえ……」 しゃがみ込み、花弁を指でなぞった時、目から涙がこぼれた。 涙。彼女を突き飛ばした後悔か。違う。涙だけではない。 「な、なんだ、なんで……?」  覚えのある症状だった。鼻がかゆい。くしゃみが止まらない。それどころか咳まで出てくる。思わず咳き込んだ拍子、バランスを崩して身体が崩れ落ちる。腰を打ち、立ち上がれない。  もがくエドガーの視線の先に、花壇が見えた。その先には、摘み取ったはずの蕾がある。それも一つではなく、いくつも、いくつも。花々の間から顔を覗かせて、エドガーの方を向いていた。 「馬鹿な、馬鹿な! そんな、そんなはず……何故だ、お前達まで……!」  声はすぐに出なくなる。痰が、鼻水が絡む。息が出来ない。這いずり逃げることもままならない。  花弁は一斉にゆっくりと開き、大輪の花を、繊毛を湛えた力強いおしべとめしべをエドガーに見せつける。そしてそれらからこぼれ出るように、黄土色の風が、ゆっくりとエドガーへと迫り……―――。
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