4月13日(月)不知火 皐月

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4月13日(月)不知火 皐月

何度も時計に目をやるが、針はなかなか12時20を指さない。 チッ…チッ…チッ…チッ…チッ… ようやく、昼休憩のチャイムまで、残り1分を切った。 …。 キーン、コーン、。。。。。 よしッ!!! カバンから素早くお弁当を取り出すと、声をかけてくれた友だちに事情を説明して、教室を後にした。 急いで1組へ向かう。 「あれ、さつき、どこ行くんだ?」 「5組のメンバーで食わねえの?じゃ、俺らと食堂行こうぜ!」 廊下で別のクラスの友だちが声をかけてくれた。 「ごめん、約束があるんです。」 本当は約束なんてしていない。 ただ、一方的に会いたいだけだ。 目当ての教室へ入ると今度はおなじ中学出身の女子に捕まった。 「あれー?さつきくんじゃん!」 「久々!ウチのクラスに何か用?」 「一緒にお昼食べようよ!」 きゃっきゃっと、とり囲まれてしまう。 「ありがとう。でも、ごめん、約束してるんだ。」 えぇ!だれと? 一斉に注目を浴びた。 じゃあね ニコッと笑ってその場を離れると、教室を見渡した。 …いた。 教室の入り口から二列目、1番後ろの席。 栗色の髪の女の子。 クラスにいる全員がさつきに注目している中、その子だけは水筒からぐびぐび飲み物を飲み、せっせと教科書を机の中にしまっている。 さつきは歩きながら呼吸を整えた。 ドッドッドッ。。 心臓が早く脈打って苦しい。 顔に手を当て笑顔を貼り付ける。 それからもう一度、深呼吸。 すぅーはぁー。。。 よし、 「あの、一緒にお弁当、食べませんか。」 ゆっくり顔をあげる栗毛の女の子。 きょとんとして、こちらをじっと見つめている。 白々しい言い方だっただろうか。 緊張して声が裏返りそうになったけど、ちゃんと伝わったかな。 顔が紅潮していくのを感じた。 ドキドキと心臓がうるさい。 少しの沈黙のあと、女の子は 「うん!一緒に食べよう!」とにっこり微笑んだ。 お日様みたいにあたたかい声。 …まことだ。 やっと、会えた。 。。喜んでいるのもつかの間、まことはさっさとお弁当を広げると、パクパクと食べ始めた。 慌てて使っていないイスを借り、包みを開けて箸を持った。 卵焼き、ミニハンバーグ、小松菜のおひたし、唐揚げ、ひじき、プチトマト…ご飯の上には昆布と梅干しがのっている。 ふと、彼女のお弁当に目をやると、炒められた卵と、真っ白なご飯だけが、ギチギチに敷き詰められていた。 「自分で作ってるんですか?」 恥ずかしそうにする素振りもみせず、もぐっもぐっと食べ進める。 「うん」 少し寂しそうな顔をしている。 「えらいですね。とっても美味しそうです。」 すかさずいつもの'王子様'を発動させる。今までずっと、こうやって生きてきた。 けれどまことは、そんなさつきに、1ミリだってなびかない。 褒められて「ありがとう」と照れながら小さく笑うその姿に、むしろ、さつきの心臓がきゅんと縮まった。 「でも、全然美味しくないんだよ。」 困ったように笑いながらも、箸を止めることなく食べ続ける。 「じゃあ、味見。ひと口ちょうだい」 笑顔で言いながら内心とても緊張していた。 他の女子なら、ドキッとするような場面をわざと作りだしても、まことはケロッとした様子でとくに意識する訳もなく、無言で卵を口へ放り込んだ。 もぐ、もぐ、もぐ、と噛みしめる。 …間接キス… …うん…… …味がしない。 はじめは緊張のせいかと思ったけど、卵本来の味は感じるので、味付けされてないのだろう。 お世辞にも美味しいとは言えない素材本来の味を活かした料理に、思わず笑ってしまった。 「ほんとだ。でも、俺は好きだよ。」 だって、君が作ったから。 流石に恥ずかしくてそこまでは言えなかった。 …届くだろうか?この気持ち。 それを聞いたまことはふふふっと笑った。 「ただ卵を炒めただけなの、なにも味付けせずに。」 と、嬉しそうに話す。 。。。 いや、、、なんで味付けしないの?? 内心つっこんだ。 でも、彼女の家の事情を知ってるだけに、その時は深く聞かないことにした。 「きみのお弁当は色々入ってるね。」と興味深げに眺めている。 おそらく目の当たりにした事実を述べているだけで、欲しいというアピールではないのはわかっているが、先ほどのお礼に、母の手作りミニハンバーグを差し出した。 「食べますか?」 パクリっとかぶりつくまこと。 俺が使ってた箸。。。 さつきの頬だけが、紅く熱を帯びる。 食べた瞬間、目を見開いて 「すっごく美味しい!!!」。 普段おとなしいまことの大声に、またしてもクラスにいるみんなが、ふたりに注目した。 さつきはハンバーグに夢中になる姿をみて思わずくすっと笑う。 「それはよかったです。」 5限目の国語の授業は上の空だった。 ノートをとる手がたびたび止まって、あの幸せなひと時を思い出す。 4年ぶりに話せた。 まことは素直で純粋なままだった。 変わったことといえば…髪がロングからセミロングに短くなり、10㎝ほど背が伸びて、なにより一層、可愛いくなったことくらい。 まことが話す言葉は、心地がいい。 あの澄んだ瞳に見つめられると、呼吸が止まって苦しくなる。 …明日も、会いに行こう。
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