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バーカウンターの奥から出てきた櫻井にその場にいたお客達が視線を向けた。
「あらあ、綺麗な顔立ちねえ……どこかの俳優?」
櫻井が声のするカウンターを見るとピンク色と白い氷でグラデーションしたカクテルを一人飲み酔い潰れている女性に見とれて何も答えられなくなった
「サソリちゃん、この子はさっき拾ってきたのよ」
いつの間にか隣で薙沙がサソリと呼ばれた若い女性を宥めるようにゆったりした口調で櫻井の代わりに答えるとサソリはカクテルを飲みほした
「貴方、大丈夫かしら……そこに座って休んで頂戴ね」
木製のテーブルにコップが置かれて心地の良い音が響いて水面には疲れた男の顔が映っている
(おっさんって言われても仕方ない顔だな……)
「なぁ、おっさんこれ。」
目の前に投げられたお札は紙の擦れる音をたて櫻井は信じられないと言うほど目を見開いて盗られた札束を見つめた
「え、なんで……」
「女王様のお客に手を出すのはご法度だからね、返してもらったよ」
「女王様ってママさんの事かい?」
カウンターに目を移すと薙沙は酔い潰れているサソリに時折、優しく微笑んで相槌を打っている。
悩み相談でもされているのだろう。
「ママって……薙沙さんだよ、ここの店主でもあって俺ら繁華街で働いてる奴らには有名で夜の女王様って呼ばれてる」
「そうなんですね、お金ありがとうございます。
僕はそろそろ落ち着いたので帰りま――」
「タイムだよ、助けられたんだから恩返ししないとな」
櫻井の背中にゾクっと寒気が走る。
(また面倒な事に巻き込まれるのか?)
「なーに、不安しかない顔だなあ」
「俺、飲み屋とかあんまり来ないから……」
「繁華街でカツアゲされるなんて運が悪かったんだよ、そんな不安がるなって」
金髪サングラスの男はそのまま向かえの席に座って櫻井はどうしたものかと客を見送る薙沙に自然と目が移った。
「おっさんさぁ、さっきは汚くてろくに見れなかったけど……良い顔してるよなホストできるよ」
「はぁ、俺は日中に仕事してるので。」
「ふうん、オレはすぐそこの店でホストしてるけどお兄さんみたいな顔には誰も敵わないぜ?」
おっさんからお兄さんに呼び方を変えてまで軽く勧誘を受ける櫻井は空返事しながらカウンターに沈むサソリと呼ばれた女性が気になった
「あぁ、あの子? 依頼人だよ」
「……? 依頼人?」
聞き慣れない単語に反応して金髪サングラスの男に振り向き、男はニヤニヤしながら薙沙に声をかける
「あら、酔いが覚めたのね……痛み止めのお薬どうぞ。
ふふふ……何見てるの?」
オレンジの照明に照らされた薙沙はほんのりカシスの甘い匂いがする
「あ、いや、その……助けていただいてありがとうございます、金なくなったら今月キツかったので……」
「良いのよ〜お店の近くで悪さされたらお客様が怖がるからね。
私、店主の薙沙と申します」
かしこまって名刺まで差し出された櫻井は慌てて名刺を返そうとしたが浴室に置いてきた事を思い出して自分の不甲斐なさに脱力してその様が薙沙のツボに入ったのか口を抑えて笑っている
「す、すみません今手持ちに無くて……俺、近くの保険会社で働いてる櫻井総司と申します。」
「ご丁寧にどうも櫻井君、こっちのサングラスを掛けてるのがこの街一番売れてるホスト仁くん、多分……貴方よりも歳下かしら?」
「26です。」
「やっぱりお兄さん年上じゃんか、薙沙さんボーナスよろしく〜!」
二人は賭けてたのか仁は調子良く笑ってカウンターのサソリに話しかけに行った
「まぁ、怒らないでね……それで明日なんだけどわたし達の仕事の手伝いしてくれるわよね?」
語尾が強く、櫻井はたじろぎ首を傾けゴキっと鳴り困った顔をする
「仕事ですか? うちは副業禁止なので……」
「あらやだ、仁くん何も話してないのねっ?」
「そんな暇無かったっすよ!」
カウンターから声を張る仁がサソリに水を飲ませてるところで動揺したのか、溢れた水を急いで拭いている
「もう……、櫻井君もそんな心配しないで?
正式な仕事ってわけじゃないし明日のお昼頃またここに来てくれないかしら?」
「えっと……」
少しの沈黙が続いて櫻井の頭はフル回転していた。
明日の予定は?
ない。
じゃあ面倒ごとだったら?
だけど親切にされた分、断りづらい。
「……分かりました」
観念したのか心配顔の櫻井はカウンターを小さく指差した
「質問なのですが仕事とは、あのサソリって子の事ですか?」
「そうね……あの子みたいに辛い悩みを解決するサポートをするのが私達の仕事でもあるのよ」
ニコッと微笑んだ薙沙に櫻井は恋にも似た喉の辺りがこそばゆい感じに襲われて呟いた
「悩みですか……。」
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