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イレギュラーな日1
「支度はできたかしらシーハン。神父様がお待ちですよ」
奥ゆかしい修道女が、孤児院の大部屋に子供をむかえにくる。
「ちょっと待っててシスター」
「ばっちりおめかししてるの!」
姿見の前で大騒ぎしているのは、体の一部に動物の特徴を持った子供たち。
彼らはイレギュラーの落とし子だ。
イレギュラーとは大戦時に遺伝子操作を施し、生物兵器として用いられたミュータントの通称。規格外、ふぞろいの意味を持ったスラングでもある。
戦争が終結した現在、ミュータントの子孫は人間に溶け込んで暮らしているが、人種の坩堝と化したこの街においてもイレギュラーへの差別は厳しい。
そんな背景も関係してか、教会が運営するこの孤児院はよそで忌避されるミュータントの私生児を積極的に受け入れ養っていた。
等間隔にパイプベッドが並ぶ大部屋にて、猫耳のおてんば娘がネズミ耳のわんぱく坊主と一緒に構い倒しているのは、体の半身が爬虫類の鱗で覆われた幼女。
外見特徴から察するに蛇の因子を宿しているらしい。
猫の少女は蛇の少女の後ろに立ち、髪に櫛を通してやっている。
ネズミ耳の少年はとっかえひっかえ、爪先の破けてない靴下を選んでいた。
「今日は特別な日だもん、気合入れてかないと」
「なー、こっちのは?」
「センス最悪!選び直してちょうだい!」
「ちぇー」
蛇の幼女……シーハンは大人しく着せ替え人形に徹していたが、瞳孔が縦長の琥珀の瞳に恥じらいと困惑の色が浮かぶ。
「あとは自分でやる」
「「えー」」
「さあさあ、行きましょ」
まだ不満げな猫とネズミの二人を残し、修道女と手を繋いで大部屋を出る。シーハンは不安げな表情で、白いワンピースの裾を摘まむ。
「ねえシスター、このお洋服おかしくない?」
「大丈夫、よく似合っていますよ。お姫様みたい」
シスターに愛情深く頭をなでられ、くすぐったそうにはにかむ。シーハンが導かれたのは、長い廊下を歩いた先の部屋。
「連れてまいりましたわ」
「お入りなさい」
礼儀正しいノックに次いで入室を許可される。机では漆黒のカソックをまとった眼鏡の男が、静かに本を読んでいた。
燃えるような赤毛を撫で付けた下、聡明に秀でた額と通った鼻梁が、温厚な気性と教養の深さを感じさせる。
「よくきましたねシーハン」
神父が本を閉じて席を立ち、シーハンの正面に跪く。
「その服、とてもよくお似合いですよ」
「チェシャとハリ―がお着替え手伝ってくれたの」
「では二人にも感謝しませんとね。アーメン」
「アーメン」
胸の前で素早く十字を切る神父をまね、シーハンも指を動かす。視界の隅で修道女が笑いをこらえていた。
「では、出発しますか」
シーハンは小さく頷き、さしだされた手に手を絡める。教会の敷地を横切って門に向かっていると、チェシャとハリ―が窓から乗り出し、元気いっぱい声援を投げかけていた。
「デート楽しんできてねー」
「年に一度のスペシャルデーに遠慮すんな、欲しいもん全部おごらせちゃえ!だいじょーぶ、先生ちょろいから大目に見てくれるって!」
優しく微笑む修道女と友達に賑やかに送り出され、シーハンは控えめに手を振り返す。
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