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一分咲き
交通事故に遭った。
それだけは覚えている。
バイクで小雨降る中での、上りのカーブ。
瞬き一つの合間に、中央分離帯を越えて向かってきた銀色の軽自動車。
"あっ"という声を出す暇もなく、次の瞬間には凄まじく重たい衝撃が体を襲った。
水溜まりのバシャバシャ跳ねる音、革ジャンがアスファルトを擦る音が何秒か続き、視界が何度も天地を繰り返して、ようやく地に落ち着く。
割れたヘルメットの隙間から漂ってくる、ほんのり錆びた鉄のような匂い。赤い。
純粋な痛さよりも「轢かれた」というショックが強かった。とにかく立たねばという焦燥感に駆られ、気合いそのままに立ち上がると辺りの景色は一変した。
(どこだ、ここ……)
見えたのは覚えのない風景。
先程まで隣で大破して一緒に寝ていたバイクも、向こう側でガードレールに突き刺さっていた軽自動車も無い。
あるのは霞がかって鮮明でない灰色の景色と、どこからか絶え間なく薄すらと聞こえてくる念仏のような平坦な声。
(……死んだのか、俺は?!)
慌ててその場から駆け出してしまうと何かに蹴躓き、また地面に体を打ち付けた。
今度は痛さも匂いも体感も無い。
狐につままれたような気持ちで再び上体を起こし、蹴躓いた原因の足元を見ると、そこにはギュッと力強く握り締められた人の拳が土中から飛び出すように生えていた。
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