第1話

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

第1話

    「ごめん、ごめん。ちょっと仕事が長引いちゃってさ……」  頭をかきながら彼が現れたのは、約束した時刻の三十分後だった。  金曜日の駅前広場には、私たちのような待ち合わせのカップルも多い。こんな場所で喧嘩したくないので、特に問題にはしないが……。それでも一言くらい、何か言わずにはいられなかった。 「あら、それはお疲れ様。前に聞いた感じだと、私はギリギリだけど、あなたの方は一時間くらい余裕ありそう、って話だったのに……」 「そうなんだよ。本当に、急に入った残業でさ。困っちゃうよなあ。ははは……」 「仕方ないわ。仕事だもの」  笑顔を作って、そう言っておく。  でも彼の『残業』が大嘘なのは、私にはお見通しだった。  なにしろ、腕を組もうと彼の横に並んだ途端、独特の匂いが鼻をついたのだから。  タバコを吸わない彼なのに、その匂いが服に染み付いている理由なんて、一つしか考えられない。おおかた「まだ一時間以上あるから暇つぶしに」と思って、パチンコをしていたのだろう。夢中になって、待ち合わせ時刻を過ぎてしまったのだろう。  私は怒らないのだから、正直に言ってくれて構わないのだが……。こういうところで嘘をつくのが、彼という人間だった。  そして彼は、嘘をつくたびに目が泳ぐ。  現に今も、せっかくのデートだというのに、恋人である私と、微妙に目を合わせないようにしている。いつもの特徴であり、そんな嘘つきな彼を、むしろ私は可愛いと思うのだった。    
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!