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わたしは、お母さんと一緒に病院の屋上に来ていた。ここに来るまで、わたしもお母さんも黙ったままだった。
「……都羽は、お母さんが話した夢のこと、覚えてる?」
お母さんは柵のところで立ち止まって、空を見上げた。
「空を飛びたいって夢?」
手を引かれていたわたしは、静かに問いかけるお母さんを見上げた。悲しそうだ。
「そう。お母さんね、その方法を見つけたの」
そう言いながらお母さんは、わたしに微笑んで見せた。
なんだ、お母さんが悲しそうに見えたのは、気のせいか。お母さんの夢が叶うのは、うれしい。
「えっ、よかったね!その方法って、なに?」
「うーん…。都羽には、ひみつ」
「えーっ、なんで?」
いたずらっぽく笑うお母さんに、わたしは騙された気がした。ふてくされた様子のわたしを見て、お母さんは呆れたようにため息をついた。
「……ここに、あなたをつれてくるべきじゃなかったのかもしれない」
うしろからわたしの肩にやさしく両手をのせたお母さんの声は、ささやくようなとても小さな声だった。
「どういうこと?」
振り返ると、お母さんの目からは、たくさんの涙がこぼれていた。お母さんはわたしの問いかけに答えないまま、柵を乗り越えた。
目の前の光景を受け止めきれなくて、わたしは呆然と立ちつくしていた。
「都羽、お父さんに伝えてほしいことがあるの」
「な…、なに?」
やめてって言いたいのに、それが言えない。お母さんは、また微笑んで見せた。もう涙を流してはいなかった。
「……愛してる、って…」
これが、わたしが最後に聞いたお母さんの声だった。
いつの間にか、わたしは屋上から飛び降りたお母さんのそばに立っていた。辺りには、まだだれもいなかった。地面にはたくさんの血が広がり、飛び散っている。
わたしは、目を閉じているお母さんと向き合うように横になった。
「…ねぇ、お母さんの言った通りだね。屋上から見たら、お母さんの背中から大きくてきれいな赤い翼がはえて見えるんだよ」
お母さんは目を閉じているけど、とても幸せそうだ。
「夢が叶ってよかった、ね……」
幸せそうなお母さんを見て、わたしも微笑んでいたと思う。遠くから聞こえてくる叫び声や慌ただしい音を聞きながら、わたしは意識を失った。
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