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『出囃子』
赤から青へ。青から赤へ。目紛しく信号が変わる。
堰き止められていた水が流れ出すように、人波が交差点に向けて動き出す。
彼は西から、彼女は東から、あの人は南から、あの子は北から。
俯瞰するとそれらは、蠢く一つの塊だった。しかし近くで見ると、それぞれ独立した人間だということがわかる。人々は交差し入り混じり、各々の目的地に向かい歩を進める。
交差点の中央で足を止め、辺りを見渡す。そこには様々な営みがあった。
仏頂面のサラリーマン。
スマートフォンをしきりにいじる明るい髪色のOL。
カフェの喫煙スペースでパイプを燻らす紳士。
紫外線対策にと、日傘をさす小綺麗な淑女。
はしゃいで転倒し、泣き出す子供。
能面のような顔で機械的に歩き続ける大人。
俯いたまま足早に歩く小太りな男。
未来が視えると豪語する占い師。
占い師の話に真剣に耳を傾ける痩せた女。
腕を組み、幸せそうな笑顔を見せるカップル。
道端に唾を吐く若者。
雄叫びのようなくしゃみをする老人。
真剣な眼差しで携帯ゲームに興じる小学生グループ。
部活帰りの黒く焼けた中学生グループ。
仲間と小突き合いながら大声で話す高校生グループ。
誰かと肩がぶつかり、舌打ちをする大学生。
険しい表情で電話をかけている男。
大粒の涙を流しながら走り去る女。
髪型以外は寸分違わぬほどそっくりな双子。
善人。
悪人。
それ以外のなにか。
行き先も、出自も、性別も、背丈も、趣味嗜好も、過去も、未来も、時間の流れも、見えている世界も、様々なものが異なる彼等にも、唯一共通していることがある。
それは、いまこのとき、この場所で生きているということ。
この、凡聖一如な悪鬼羅刹が闊歩する、愉快で不思議な世界都市、魔都東京で彼等は確かに生きている。
誰かとすれ違った気がした。
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