『出囃子』

1/1
前へ
/37ページ
次へ

『出囃子』

 赤から青へ。青から赤へ。目紛しく信号が変わる。  堰き止められていた水が流れ出すように、人波が交差点に向けて動き出す。  彼は西から、彼女は東から、あの人は南から、あの子は北から。  俯瞰するとそれらは、蠢く一つの塊だった。しかし近くで見ると、それぞれ独立した人間だということがわかる。人々は交差し入り混じり、各々の目的地に向かい歩を進める。  交差点の中央で足を止め、辺りを見渡す。そこには様々な営みがあった。  仏頂面のサラリーマン。  スマートフォンをしきりにいじる明るい髪色のOL。  カフェの喫煙スペースでパイプを燻らす紳士。  紫外線対策にと、日傘をさす小綺麗な淑女。  はしゃいで転倒し、泣き出す子供。  能面のような顔で機械的に歩き続ける大人。  俯いたまま足早に歩く小太りな男。  未来が視えると豪語する占い師。  占い師の話に真剣に耳を傾ける痩せた女。  腕を組み、幸せそうな笑顔を見せるカップル。  道端に唾を吐く若者。  雄叫びのようなくしゃみをする老人。  真剣な眼差しで携帯ゲームに興じる小学生グループ。  部活帰りの黒く焼けた中学生グループ。  仲間と小突き合いながら大声で話す高校生グループ。  誰かと肩がぶつかり、舌打ちをする大学生。  険しい表情で電話をかけている男。  大粒の涙を流しながら走り去る女。  髪型以外は寸分違わぬほどそっくりな双子。  善人。  悪人。  それ以外のなにか。  行き先も、出自も、性別も、背丈も、趣味嗜好も、過去も、未来も、時間の流れも、見えている世界も、様々なものが異なる彼等にも、唯一共通していることがある。  それは、いまこのとき、この場所で生きているということ。  この、凡聖一如(ぼんにょういちにょ)悪鬼羅刹(あっきらせつ)が闊歩する、愉快で不思議な世界都市、魔都東京で彼等は確かに生きている。  誰かとすれ違った気がした。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加