シン・浦島太郎

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シン・浦島太郎

 いわゆる「浦島太郎」の昔話(おとぎ話)の成立は、室町時代の「御伽草子」とする説が有力であるが、実はその元ネタが日本書紀に登場している。  従って「御伽草子」の時代には既に「昔々……」で始まる話になっているのも頷ける。  「御伽草子」は西暦1300~1500年代頃に成立し、浦島太郎は24~5歳という設定だが「昔々」なのと、3日ほどいた竜宮城での時間が、実は700年に相当するという設定なので、浦島太郎が帰ってきた場面は西暦1300年頃、従って浦島太郎が竜宮城に向かったのは西暦600年頃、聖徳太子の時代ということになるが……ここでは「竜宮城滞在時間」を300年という設定し直してみることにする。 ~~~  玉手箱を渡されて帰ってきた浦島太郎。実は彼は「開けてはならない」と言われた玉手箱をあけず、約束を守った。家に帰ろうとしたが「家がない!」「両親もいない!」消息を訊ねて回ったのだが、誰も知らないという。おかしいな?このあたりではちょっとした有名漁師なんだが……村の長老を訪ねてみた。長老、知らない人。誰この人?「長老……ですよね?浦島と申しますが、うちがないんですけど」「ウラシマ?知らんなー……ウラシマ?そういえば昔々、浦島という漁師がいたとは聞いておる。しかし一人息子が亀に乗って竜宮城に行ったきり帰ってこなくて、それで浦島家は絶えてしまった」 「は?」  それもそのはず、時は西暦900年頃。平安時代。  話を総合してみると、太郎が竜宮城に行っている間に現世は300年ほど時間が進んでいたらしい。ひでーよ!そんな話聞いてねーよ!亀!いや乙姫様!もう一度戻ってきて竜宮城で話を聞きたい!  都は京というところに移ったという。朝廷は事実上地方統治を放棄していたため地方の治安は悪化していた。なんか嫌だな、300年前の方が穏やかやん。  海辺に出てみると、またまた子どもが亀をいじめている。 「コラ!やめんかい!」 「やかましボケ!」 「その亀は私を現世に連れてきた……」 「浦島太郎かお前は!」 「そうですけど何か」 「ええ思いしてきたやろ!」 「してまへんしてまへん(嘘やけど)」 「お土産もろてるやろ」 「あ、これ?玉手箱っちゅうもんらしいけど」 「よこさんかワレ!」 「はいはい、まったく300年経って大人が荒れてくると子どももこれか……」 「もっともろてるやろ!」 「ええ加減にせぇ!」 浦島太郎は魚を捌く小刀をちらつかせて子どもたちを退散させる。そして亀に訊ねる。 「あの、もしかしてまたまた竜宮城の関係者ちゃいます?」 「実はそうですねん」 「あの、もう一度竜宮城に連れて行って欲しいんですけど」 「よろしおす」  再度亀に乗って竜宮城に向かう浦島太郎。 「戻ってきましたぁ」 「どう?」 「なんか300年くらい時間が進んでいたみたいなんですけど」 「そうよ。ウラシマ効果と言ってね」 「は?」 「ざっくり言うとね、ここの時間の流れは現世とは違うのよ」 「はあ……ええと、私が最初にここに来たときには厩戸皇子が仏教を取り入れた国づくりをはじめてましたけど、現世に戻ってみたら両親死んどるし、都は京とかいう場所に移ったと言うし。うちは元々丹後なんで関係ないですけど」 「300年経てば現世も変わるのよ。で、どう?300年後の未来は楽しかった?」 「最悪。治安悪くなってました」 「未来はよりよくなっているとは限らないのよ」 「そんなぁ」 「まあ色々疲れたでしょ?遊んで行きなさいよ。またまた亀を助けてくれたし」 「そうさせてもらいますわ」  そして鯛やヒラメの舞い踊り…… 「3日立ちましたけど」 「戻ってみる?」 「何となく、ずっとここにいた方がいいような予感」 「まあ行ってみなさいよ、さらに300年後の未来、見てみたいでしょ?」 「あまり気が進まないなあ」 「まあそう言わずに」 ~~~  時は西暦1200年頃。1185年壇ノ浦の戦いで平家滅亡。いわゆる鎌倉時代。源頼朝1199年死去。その後北条政子が尼将軍として天下を治める1229年までの30年間、源氏は日本史上希に見る「血で血を洗う内部抗争」を繰り返していた。でもそれは源氏の内部抗争。地方では西日本を中心に商品経済が発達し、仏教は庶民にも分かりやすい新しい流派が興隆していた。市が立つようになったのも、だいたいこの頃。 「こないだ(300年前)よりは安心して暮らせる世の中かも」 「あちこちの産物が手に入るというのもええな」 もっとも、貨幣経済の本格的な発展は鎌倉時代中期まで待たねばならない。 「へぇ仏教ってこういうことやったんかい!ええやん、なかなか」 「しかしなあ……漁師としては、やっぱり海がええ。海に出てしまえば300年前も600年前も変わらん。武士が偉そうにしているのも気に入らんし……」  ある日、浜に出てみると、またまた、またまた、子どもが亀をいじめている。 「お前らほんま、変わらんなあ」 「おっちゃん、変わらんって、誰とや?」 「600年前、300年前、ずっとそうや」 「おっちゃん幽霊か?」 「ちゃうちゃう漁師や、ともかくその亀、放したれ」 「いやや」 「これやるから」 「何これ?」 「玉手箱っちゅうらしいんやけど」 「綺麗な箱やな!」 「これ女の子にあげたらモテるで」 「ほんまに?」 「たぶんな」  で、亀。 「また、よろしく頼みますわ」 「ワシをライドシェアするな」 「ライドシェアって、何?」 「ま、ええやろ、助けてくれたし」 「戻ってきましたぁ」 「どう?」 「やっぱ300年くらい時間が進んでました」 「どう?楽しかった?」 「悪くはなかったですわ、仏教ってあんなええもんとは知らんかった。世の中300年で進化することもあるんやな、と」 「でもなぜ戻ってきたの?」 「いやまたガキどもが相変わらず亀をいじめてからに……あいつらほんま変わってませんわ」 「あなただって元は子どもだったじゃない」 「まあそうですけど」 「色々疲れたでしょ?また遊んで行きなさいよ。今回も亀を助けてくれたし」 「お言葉に甘えて、そうさせてもらいますわ」  そして鯛やヒラメの舞い踊り…… 「3日立ちましたけど」 「戻ってみる?」 「何となく、ずっとここにいた方がいいような予感」 「まあ行ってみなさいよ、さらに300年後の未来、見てみたいでしょ?」 「見てみたい気もする」 「出世できるかもよ?」 「漁師なんで出世とか興味ないんですけど」 「まあそう言わずに」 ~~~  時は西暦1500年頃。戦国時代。その前に応仁の乱で京の都はメッチャクチャ。でも貨幣経済が浸透し、農耕技術が進化して二毛作が出来るようになってもいた。戦国大名が群雄割拠。農民を戦にかり出し血で血を洗う戦につぐ戦。そもそも農民が「農兵」。そして戦の後の「乱取り」。死亡した雑兵から刀や金目になりそうなものを盗み取るなんて当たり前、放火や田畑の略奪、敵を拉致して奴隷化、人身売買。無法地帯。  「か、勘弁してぇ……」  漁師の浦島さん、平安時代を越える惨状に参ってしまう。  「そうだ、亀!亀!」  しかし浜に出てみると亀はいない。  返り血を浴びたまま戦から帰ってきた足軽に恫喝されて玉手箱を取られてしまう。  仕方なく岩場に隠れて亀を待つ浦島さん。  漁にも出られず、腹も減り…… 「亀や!甲羅剥がして売ったれ!」  さっきの足軽が亀をいじめている。商品経済って罪。  しかしここで亀を助けねば竜宮城に戻るチャンスを失ってしまう。  そこで浦島さん、一計を案じた。平安時代に覚えた「分かりやすい仏教」。 「あなた方、そいういうことをするとバチが当たりますよ」 「何や?ワレ」 「お釈迦様をご存じですか?」 「知らんわボケ」 「あなた方も死んだらホトケサマになるでしょう?死ぬことをオダブツっていうでしょう?その思想を最初にはじめた人ですよ」 「あんたもしかして坊さんか?」 「ま、そのようなものかと」 「それと亀とどういう関係あんねん?」 「みなさん、死んだらお釈迦様のお弟子さんになって修行して、最終的には極楽浄土に行けるんですけれど、その前に閻魔大王という怖い人がいらっしゃいましてね、その方が、現世で悪いことをした人を全部地獄送りにするんですわ。そうなったら極楽浄土には行けまへん」 「地獄が怖くて戦が出来るか!」 「そうでっしゃろか?戦の怖さを分からんとは言いまへん、けど、大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄・等活、そしてそれより恐ろしい無間地獄。何しろ死んでしまっているので『死ぬまで苦しむ』のではなくて、永遠に苦しむのです。分かります?」 「あんた本当に坊さんか?」 「そういうことにしといてください」 「……あかん怖くなってきた。坊さん、少ないですけど、お布施」  銅銭を手渡されるが、浦島さんは断る。 「これはあなた方が持っておきなさい。三途の川の渡し賃」 「ええ坊さんや!あんたのこと信じる。亀も放す」 「そうしていただけると、あなた方も極楽浄土への道が開けるかもしれませんよ」 「ありがたや、ありがたや……」  手を合わせて頭を下げる足軽2人。  仏教って偉大や、と感心する浦島さん。 「また頼みますわ、亀さん」 「何いうとんねんこのニセ者クソ坊主」 「そんなこと言わんといてください、これでも亀さんの命はお助けいたしましたゆえ」 「もうほんまに、今回でしまいやで、今回で」 「それで構いません」 「戻ってきましたぁ」 「どう?300年の未来」 「最悪。なんでこうなるんや。300年前の方がマシやった」 「だから言ったでしょう?未来は良くなっているとは限らないのよ」 「仰るとおりで」 「まあ色々疲れたでしょ?遊んで行きなさいよ。またまた亀を助けてくれたし」 「ほんま、すんません。今回もまた、そうさせてもらいますわ」  そして鯛やヒラメの舞い踊り…… 「3日立ちましたけど」 「戻ってみる?」 「もう行きたくない」 「あのね、何となく思うことない?」 「何となく、ですか?」 「世の中の変化の速度が、少しずつ早くなってるってこと」 「うーん、そういえばそうかな。分かりやすい仏教でここに帰ってこれたとか、戦いの酷さが増しているとか……」 「ここから300年、変化は跳ね上がるのよ。未来よ!未来!」 「もっと酷くなってるような予感もしなくもない、けど……」 「じゃ、送ってくね!亀さ~ん!」 ~~~  西暦1800年。関ヶ原の戦いが終わって200年。「寛政の改革」の数年後。ペリー来航の50年くらい前。何でもちょっと前までは火山の噴火や疫病の流行など天災が相次ぎ、酷い世の中だったらしい。経世済民、「福祉」という思想が芽生え、凶作に備えた米や金銭の備蓄が始められた。とはいえ幕藩体制。武士が絶対的に偉い世の中。といいつつも、大商人や豪農が元気な時代でもあった。まあ何ですか、偉い人は偉い。いつの世でもそうなんですけど。  それより何より、朝廷は京の都ながら、征夷大将軍というのが江戸にいて、徳川という。誰?浦島さん訳がわからない。  西日本では銀本位制の経済。東日本では金本位制の経済。そして銅貨があり、金・銀・銅貨それぞれ変動相場。(21世紀に例えるなら、ドル・ユーロ・円がごっちゃに使われているようなイメージ)  世の中が戦国時代より安定していることは確か、だけれど、人口が増えて経済交流が増えたせいか疫病もやたら流行ってるみたいだし、何より武士が怖い。逆らうと首をはねられてしまうという。勘弁して欲しい、浦島は丹後国にで漁を営む、ただの漁師なのです……さっそく役人がやってきた。 「コラ年貢収めんかい!」 「いえ私、漁師でして」 「せやったら銀や銀!網役収めんかい!」 「そんな急に言われましても、何しろ竜宮城から帰ってきたばかりで」 「何が竜宮城や浦島太郎みたいなこと」 「その浦島ですが何か」 「屁理屈こねてお上に逆ろうてると斬るぞ!」 「勘弁してぇ(こいつら悪人と変わらんやん)」 「わしらかて手ぶらで帰るわけにはいかんのや!何か出せ!」  役人といっても武士、刀二本差し。ヤバイよ浦島さん。  あ!亀がいる! 「あの……亀の甲羅って、この時代でも売れるでしょうか?」 「甲羅?鼈甲やん!そら売れるわ!大坂・江戸に持って行ったらいくらになるか」 「大坂?江戸?」 「あんた地理弱そうやな」 「海には詳しいんですが」 「よっしゃ、鼈甲での納付、認めたる。せやけどナマモノの血ぃ見るの苦手やし……明日また来るからそれまでに甲羅だけ綺麗に取って洗っとけ!」  武士、帰る。浦島さん、ほっと一息。 「あかんこんなとこ居たらいくら働いても食べていけん、それより亀さん亀さん、あんたこのまま居たら明日には甲羅剥がされそうや、どうする?」 「勘弁してください」 「ええ方法がある。わしを竜宮城に連れて行ってくれ。そうしたらわしらは300年は姿を隠せる。彼らも諦めるやろ」 「また都合のええこと言って、要するに自分が助かりたいだけやろ?」 「亀さんかて助かりたいやろ?」 「しゃあないなあ……ほんまこれきりやで?これきり」 「戻ってきましたぁ」 「どう?300年の未来」 「もう勘弁してぇ。刃物持った偉い人から脅されて」 「その人たちも永遠ではないわ」 「でも、過去1200年くらい見せて貰いましたけど、刃物のない時代なんてありませんやん」 「刃物はあるわね、必需品だから。でも武器はもっと進化するのよ、さらに時代が進めば」 「漁師なんで、武器なんてどうでもいいです」 「時代の変化が加速しているということは理解できたわよね」 「それはまあ」 「ともあれ、また遊んで行きなさい。うまいこと言って亀を助けてくれたし」 「ありがたいです。そうさせてもらいます」  そして鯛やヒラメの舞い踊り…… 「3日立ちました」 「戻ってみる?」 「もう怖い300年」 「じゃあ今回は221年に短縮してあげる」 「なんで221年なんです?」 「それはね、大人の事情、ひ・み・つ」  乙姫様に「ちゅ」っとされて、浦島さんもう何でもOK。 「労咳(ろうがい)のことは知ってるわよね」 「咳が出て血を吐いて、かかったら絶対治らんやつ」 「あれがちゃちゃっと治せる世の中が来るのよ」 「え!?」 「しかもそれは221年後じゃない。128年後なのよ」 「ということはそれからわずか93年でも……」 「ひっくり返ってるかもね、ある意味」 「仏教は通用しますやろか?」 「ここ『日の本』はね。もっとも『日本国』という名前に変わっているけど」 「ちょっと見てみたい、かも」 「はい!決定!いってらっしゃ~い!亀さーん!」 ~~~  浦島さんは愕然とした。  浜が石で固められている、いや石ではない?継ぎ目がない。  その素材をコンクリートという、ということを、浦島さんは後で知る。  船はたくさん泊まっている。浦島さんの見てきたどの時代の船より大きい。これが未来の港、未来の船なんだ。  浦島さんは漁網を手入れしている中年の男性を見つけて、声を掛けてみる。 「あのー、浦島と申しますが」 「はぁ?あんた随分クラシックな服装だね?」 「そ、そうですか?これでも漁師なんですけど」 「おお、同業者か。最近は若い同業者が減ってねえ」 「齢にして24になります」 「24で漁師?珍しいなあ」 「あの、失礼ですが、あなたの御年は……」 「63だよ」 「ロクジュウサン?」  63っていったら還暦過ぎてるやないですか!浦島さんには令和の63歳が、どう見ても中年にしか見えない。この時代には「若返り」が実現しているのか?これが「加速した」221年後の未来なのか? 「63じゃまだ年金も出やしない。出ても大した額じゃないから、漁は続けるつもりだけれどな」 「ネンキン?」 「若いうちから国にお金を納めていくとな、65歳から死ぬまで国がお金をくれるんだ。それが年金」 「それはよい制度ですなあ、でも65歳なんて生きる自信、ありません」 「お前どんな不摂生しとんねん?平均寿命80歳やで?」 「ハチジュウ?……そういえば労咳は治りますか?」 「ロウガイ?結核のことか。普通に治るよ。もっと難しい病気も、薬や手術や放射線治療とか、治せる場合もある」 「薬までは何となく分かりますが、あとは分かりません、でも治せない病気もあるってことですね」 「そりゃあるよ。そしていつかは皆、必ず死ぬんだ。じゃなきゃ地球は生物で埋まってしまうじゃないか?」 「チキュウ?」 「君、地球を知らんかね?小学校で習うだろう?」 「ショウガッコウ?」 「君どこから来たの?義務教育を知らないの?」 「ええと、説明すると長い話になりますが……」 「なんとなく『浦島太郎』って感じだな」 「そうです、浦島太郎です。てゆーか、いつの間にそんな有名になっていたのですか?」 「小学校の国語で習うだろう?」 「ショウガッコウって何ですか?」 「君、本当にどこから来たの?日本国民は誰でも『教育を受ける権利』があって、親には『教育を受けさせる義務』があるんだよ、だから小中学校は義務教育っていうじゃないか」 「はあ」 「日本国民なら誰でも6歳になったら小学校に入る。それで読み書きとか算数とか世の中の基本的な成り立ちとか教わるんだ。それが6年間。13歳になったら中学校に入る。そこでもう少し難しい学問を教わる。15歳で中学校卒業、その後は仕事に就いてもいいのだけれど、9割以上は高校に進学している」 「ということは元服過ぎてもまだ学問を勉強している人が9割以上?」 「いや今、元服なんてないから。成人式は20歳だ。それはさすがに18歳に変更しようという話になっているけれどな」(※2022年4月より18歳成人) 「そんなに学問が流行っているのですか?」 「流行っているというか、今時高校くらい出てないと仕事に就くのが難しいし、いい仕事に就きたければ大学を卒業しないと厳しい。しかも難関の難しい大学な」 「ダイガク……そこを卒業すると何歳に?」 「浪人しなければ22歳」 「ロウニン?」 「君には説明すべきことが山ほどありそうだな」 「分からないことが多すぎます。折角300年から221年に短縮してもらったのに。でも、22歳まで働かないというのは、凄い世の中ですね」 「まあそういうことになるかな、でも、さっきも話したように若者が減ってね、子どもの数が減っている上に、大学なんて行かれちゃ漁師にはなってくれないね、なかなか」 「子どもの病気も治るようになっているのでしょうか?」 「平均寿命80歳というのは、赤ん坊の死亡が激減したというのも一因だ」 「なのに子どもが減っているのですか?」 「だって22年も働かない奴を食わせるんだもん大変だよ」 「そんなに学問を究めて、漁師にもならず、一体何を生業とするのでしょうか?」 「会社に就職するのが多いかな」 「カイシャ?」 「お金と人を集めて組織を作るんだ。その組織で仕事をする」 「どんな仕事でしょうか?」 「昔は製造業が強かったかな、金融とか流通も」 「製造業、は何となく分かりますが、キンユウとかリュウツウって……」 「要するに『金貸し』と『商人』だよ」 「なるほど」 「でも今は全部ダメだ。凋落甚だしい。会社を辞めて漁師になる奴もいる」 「漁師最強!」 「でも少数派だよ」 「では今は何が?」 「ニッチな部門が強いな、製造業の中でも『製品を作る装置』は強い。『部品』もな。ITは一時は強かったが、今は基幹技術を外国に握られている」 「アイティー?」 「電子計算機、電気のことはわかるよな?」 「デンキ?」 「電気が分からんか……困ったな、まあ、そういうものがあると呑み込んでくれ、とにかく凄い技術が出来て、電気というやつを使って機械が計算をする。計算だけじゃなくて、情報をやりとりしたり、動画や音楽を作るのにも使う」 「ジョウホウ?ドウガ?」 「君、さっき221年がどうのと言ってたけれど、もしかして221年前から来たってこと?」 「まあそういうことになります。偉い人が来て銀を出せと迫られて困りました」 「銀の価格は今、暴落している。パラジウムなんかの方が金より高い」 「パラジウム?金より高い?」 「もっとも装飾品にパラジウムは使わないけれどな。金の方が人気だ」 「やっぱ金の価値って不変なんですね、時代は変われど。でも漁師がいて安心しました。それに、これまで見てきたどの時代より豊かで安定しているように思えます」 「豊かと言えば豊かなのかな、実感はないがな。今度大戦争が起きたら人類滅亡って世の中だし」 「大戦争?」 「戦だよ、それも、日本だけじゃなくて、他の多くの国が戦うような大戦争になると、一瞬にして、この世から生物が滅亡してしまう」 「怖い世の中です」  と、突然、63歳の漁師が咳き込みはじめた。 「だ、大丈夫ですか?」 「……身体がだるい、ゾクゾクする、熱がありそうだ……先週都会に遊びに行ったのがマズかったかな、俺、元々糖尿病持ちなんだ……君、悪いけど救急車呼んでくれ」 「キュウキュウシャ?」 「スマホ渡すから、こうやって……119って数字を押してくれ」 ……… 「ご臨終でございます」  白衣を着た若い医者が言う。  キュウキュウシャという乗り物に乗ってビョウインというところに連れて行かれた漁師は、新型コロナウィルスに感染していることが判明し、即座に感染症専門の病院に転院となった。  浦島さんは三日三晩、病院の外で漁師の回復を仏陀に祈り続けた。  だが漁師は既に酸素吸入が必要で、レムデシビルとデキサメタゾンを投与したものの間に合わなかった。  この未来まで来ても治らない病がある、そして、平均寿命80歳という時代に63歳で死ぬ人も居る。ネンキンも貰わずに死んでしまった。諸行無常、って、いつの世で聞いた言葉だったかな……  浦島さんは一粒の涙を流した。 (終わり)
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