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 耳元でいきなり、ぶうん、と音がした。  蜂だった。  大きな蜂だ。  目が覚めるような黄色の胴体に、太く黒いラインが数本走っている。  黄色と黒の組み合わせは、人を無意識に警戒させるものだ。踏切や救急車の甲高いサイレンのように。  蜂は不吉だ。わたしはそう思う。  わたしは蜂の動きを目で追った。  蜂はその羽を揺らし、縦横無尽に大気中を飛んでいた。  わたしはしばらくの間、ただ蜂だけを見ていた。  わたしの目線は蜂の行方とともにふらふらと彷徨っていた。  ただでさえ暑さや疲労でぼんやりとしていたわたしの頭は、素早く動く蜂を目で追いつづけることで、さらにトリップしていった。  やがて周囲の風景は水彩画のように境界線がぼやけ、わたしの目には唯一蜂だけが写実的に映った。  一枚の水彩の風景画の上を、蜂はリアリスティックな羽を小刻みに震わせてするすると飛んでいた。  わたしの焦点は蜂にだけ合って、向こうに見える景色はピンボケしている。  蜂を中心に、ぼやけた水彩画が回転しているようにも見える。  だがそのピンボケした世界の中に、一瞬、人間のシルエットが見えたような気がした。
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