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蝉たちは執拗に自己主張をし、汗はわたしの皮膚にまとわりついていた。
限界だった。
何日も同じ服を着続けている。
所有物はグレーのハンドバッグだけだった。
青い花柄のワンピースは皺だらけになって、汗とともにわたしの身体に時折張り付いた。ローカットスニーカーの紐はまるで夏バテしているかのように精気を欠いて見える。
夏は不吉だ、と思う。
電車が走り去っていった。
わたしは木造の駅舎に入った。
昼過ぎの待合室に人はひとりもいなかった。駅員もいない。無人駅だ。
わたしは待合室のベンチに腰掛けた。待合室にエアコンはなかった。
蝉の鳴き声がサイレンのようにわたしの耳の奥で回転していた。
喉が渇いていた。お腹の奥が痛かった。足も痛かった。異様に暑かった。
控えめに言って、おかしくなりそうだった。
当てのない遁走がはじまって、三日目になっていた。
あの時、わたしはとにかく必死だった。
麗奈の身体から包丁を引っこ抜いてそれを自分のバッグにぶち込み、そこに財布とスマホも加えた。休日用のスニーカーをひっかけ、飛び出るようにしてあの家を後にした。
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