触れる

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「おい、人間…!!寒いなら寒いと何故言わない!?」 二日目。目を覚ますなり神様が怒ってきた。 うっかり寒い…と呟いたのを眷属?とか何かに聞かれてしまったらしい。 怒鳴られたことにビクッと体を振るわせると一瞬、男が怯んだように見えた。 「…で、どうなんだ!?ここは適温なのか!?」 勢いよく詰め寄られては言い訳を考える余裕もない。 素直に寒いと訴えればすぐ手配すると言う。 「えっ、あの…!」 神様、そんな畏れ多い…!と言いたかったが寒さで口が動かない。そのシーナの震えるだけの唇を見て、いっそう男の顔に眉間のシワがよった。 「黙れ。寒いなら寒いと、ちゃんと言え!」 響いた怒鳴り声。 そして、一体どこから仕入れていたのか、厚手の布団や敷物を眷属の蛇達が運んできた。 いらないとは言えず、寝床の用意ができれば男に抱き抱えられ布団に寝かされた。 その時、また機嫌そうに舌打ちをするので萎縮してしまった。 どうしてこんなことをしてくれるのか… 苦しむ姿が見たいんじゃないのか… 困惑したが、ふかふかで上質な綿で出来た布団の中はあたたかく、そのおかげで縮んでいた血管が広がり、体も気持ちも楽になった。 昨日は一口しか食べれなかった果物も、今日は何度か口にできた。 「…あったかい、です…」 布団から顔を出し不器用ながら微笑むシーナ。 「……で、誰の話を聞かせて欲しい?」 昨日と同じようにその隣に座り、魔族の男は尋ねてきた。 どうもこの男は、話すのが好きらしい。 随分と長生きしたらしく、各国の歴史、経済とシーナの知らないことを沢山知っていた。 ただ社交的な性格ではない故に、とくに人間の生態には乏しく洞察力には欠けていた。 だから寒さで震えている姿を、恐怖からくるものだと勘違いした。 ……それは、シーナにとって不幸中の幸いだった。 「では、ユージーンさま…の、話を」 「なんだ、その話は三度目だぞ?他にもっと…」 「好きなんです…苦悩を乗り越えて、成すことを成した…、…」 彼が没して100年が過ぎたが様々な困難を乗り越えたユージーンという英雄を、国民ならば誰もが知っている。 数々の冒険譚や、伝説を残した偉人…。 その一つ一つは、親が子供にする寝物語として語り継がれているが、この男がするのは誇張のない生きた英雄の歴史だった。 「そんなことを言っても、お前は自由にしてやらんぞ」 「大丈夫です…俺、は約束…なので…」 大丈夫だと振る舞うが、魔族の男に気づくはずもない。 シーナは、本当にただの人間だ。 気力、体力共に限界だった。 「……だめ、ですか…?」 怖くないはずがない。 恐怖か苦痛への耐性のある加護を持たない人間ならば、とっくに気が触れている。 けれど、それができないシーナにとって…皮肉にも、男の口から語られる話だけが救いだった。 「なら、まぁ…いいだろう。特別にとっておきの話をしてやろう」 (神様…、優しいな……) ふっと目を瞑って、その語り部に耳を傾けた。
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