惚れたものが負け

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お茶代わりの蛇の生き血。 美味しくはないけど、とりあえず空腹は満たされた。 シーナには大事な話があるからと席を外してもらった。 「ねぇー、シーナくんちょうだい」 ニコニコと笑う俺。 まずはストレートに話題をぶつけてみた。 シン…とした部屋に冷気と殺気の気配が漂うが、男は何も言わない。 ならば構わず話を続ける。 「あんな森の奥で一人にするなんて、ありえないし眷属の訴えがあって飛んできただけだろ?お前が巣穴にいなかったら100間に合ってない。あと人間の食事が葉っぱや木の実だけとか栄養バランス狂う。虐待か?」 人間を何一つ理解しちゃいない。 あんな無垢で大人しい子、この世界じゃ珍しいんだぞ! お前に弄ばれるのは可哀想だ。勿体無い! 熱弁するも、男は傲慢な態度を改めない。 「言いたいことはそれだけか?」 「はあぁ!?これは、お前の為にも言ってんだぞ?あの子に手を出さないって本気で言ってんのか?」 俺は化け物になってしまったが、かつて地球という星で人間をしていた記憶がある。 だからヴァンパイアとしての欲求も抑えられるし、無闇に人を襲わないよう村を作った。 その村で、俺はハーレムを作り循環させている。 一人だけを食い続け、傷つけたりしないように。 「ハロルド」 「これは友人からの忠告だ。君は巣穴で寝てたんじゃない、動けなかったんだろ?」 クソな世界だ。 どんなに穏やかな気質をした魔族でも、人間という糧なしには生きられないように出来ている。 眷属にしようが人間は人間。 そばにいる距離が近いほど、衝動的に理性を無くす時がある。 ヴァンパイアなら、血液を 淫魔なら、体液を この半人半蛇なら、肉を 食事をしなければ酷い飢餓状態になり、手当たり次第の生き物を襲う、まさに化け物となる。 その欲求に飲まれ自我を失わないためには、定期的に人間を食うか、 いや。もし、それをしない方法があるとしたら… 「アレだけは喰わない」 「絶対に?」 「くどい。アレは、私の唯一だぞ」 その瞬間、目を見張った. あぁ、そうか。 お前は、彼のために禁忌を犯しているのか 「誇り高いナーガ族が、同胞喰らいとは」 「私の願いは、平穏に生きることだ」 その瞬間、目を大きく見開いてしまった。 人から嫌われ 対話を拒んできた堅物な友人が ふっと笑った… いや、表情筋は動いちゃいないが、雰囲気が和らいだ。 自分と近い姿のモノを食べれば欲求は満たされるが、魔族の血肉は、不味くて食えたもんじゃない。 俺がさっき飲んだのも、ただの蛇じゃなくてこの男の魔力を与えられた眷属のものだ。 本能に組み込まれていない食事は、ゲテモノ食いよりも酷く、魔族らからも忌み嫌われる。 「その平穏には、常に地獄が付き纏うよ」 なんて言われずとも、覚悟しているんだろう 禁忌と呼ばれようとも、お前がそれを選んだのなら それもひとつの愛の形、尊いものだと思う。 「ほんと、お前は丸くなったね」 「少なくとも退屈はしていないからな」 「そうか…」 大昔の話。そのナーガ族が持つ高いプライドを捨て、人間と対話をしようとした俺の友。 しかし、この男は思い焦がれた人達に騙され迫害された。それでも中々諦めなかった彼が折れたのは、いつのことだったか… 会話をやめ、ひとり巣に閉じこもり姿を見せない。 最低限の栄養を取るためだけに人間を誘き寄せる罠を張り、彼らに『万能の花』という蜜を与えた。 そんなことをせずとも希少種であるお前は、自分を餌にすれば素材を求めた冒険者どもが群がってくると分かっていたのに… 何度か俺の村にこいと誘ってみるも、彼は言う. 悲しみと諦めを含んだ、冷めた目をして 『俺はお前とは違う。この身体では難しいだろう』 どんなに人側が魔族の存在を許しても、おぞましい姿は許容されないと分かって一線を引いた。
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