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シーナが見せた嫉妬と怒りの声にハロルドは驚くばかりだった。
自分が作ったあの「名前のない村」にいる人間の中には、ハロルドが魔族の元から助け出した者もいた。
そのほとんどが、元人間として目を覆いたくなるような痛々しい有様だった。
欠損は当たり前。犬のように振る舞うよう躾られ精神を壊された者、被虐の恐怖から自傷を繰り返す者。生きることを諦め保護を拒んだ者もいた。
ハロルドの中で、魔族の元にいる人間は救ってやるべき対象であり、この男が怖いだけで本心ではシーナも助けを望んでいると…心の中ではそう思っていた。
ここまで明確なNOを突きつけられたのは初めてで、今さらながらシーナもいたくてこの男のそばにいるのだと、やっと気づいた。
「……君の神様を取り上げるつもりなんかなかったんだよ」
しおらしい態度で、申し訳なさそうに言うハロルドの言葉だが、シーナは納得しなかった。
じっ…と伺うようにハロルドの顔を見ている。
はい、ハムスターみたいで可愛い。
「ごめん。それに無理やり勧誘するつもりもないから。ほら、お前も黙ってないで何か言って…」
たまらず助けを求めてみたが、顔を向けた先にあった男の無表情と漂う冷気にヒヤッと肝が冷えた。
怒っている…。
あんな熱烈な告白を聞いて怒るなど、意味がわからない。
「……シーナ」
「っ、はい!」
低い声にビクンと肩を振るわせても、しっかり返事をする人間は偉い。
殺されるかも知れないと判断した魔族の身体は自己防衛のため身構えたというのに。
「軽率に、出て行くなどと言うな…」
「え?」
「危うく、お前を"地下"に連れて行くところだったぞ」
地下、がなにかは分からない。
連れていかれるとどうなるのかも…
ただ、シーナを包み込むように抱きしめた男の声は切実で悲しく、何故かシーナの胸が痛くなった。
「か、神様?」
「………」
「はい、分かりました。でも神様?ちゃんと俺の話聞いてました?二人で決めるって言いましたよ、俺は」
「……あぁ、そうだったな、悪かった」
素直に非を認めた男からは怒りが消え、信じられないほど穏やかなものになっていた。
「えんだぁー…」
聞こえないよう小さくつぶやくも、その光景が信じられないハロルドだった。
魔族の感情の突起具合は人間とはだいぶ異なる。
欲求にストレートで、自身の行いを後悔することもない。
己が望んだ結果が出るか、飽きるまで求め続ける。
赤子同然の人間の言葉に、そこまで感情を揺さぶられても理性を抑え、反省の言葉を口にする。
そしてシーナを抱き、拗ねたような仕草。
それはまるで、
(人間みたいじゃないか…)
この世界に生まれ落ちて何百年。
ここまで自分の中の常識が覆されるなんて思ってもみなかった。
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