惚れたものが負け

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さてさて、すっかり微妙な空気になってしまったがハロルドの視線に気づいたシーナが恥ずかしさから狼狽したことでお開きとなった。 あのまま流され、この場でおっぱじめても良かったと茶化せば友人から見せ物じゃないと睨まれた。 「また遊びに来るね。今度はシーナくんにもお土産持ってくるけど、何が欲しい?お菓子は好き?」 「……いいから、さっさと帰れ」 「もー、シーナくんの番いったらいやらしい。いい雰囲気だもんね?早く盛りたいよねー?」 「そうだ。帰れ」 その冷たい言葉の傍らで、顔を真っ赤に熱くしているシーナが本当に可愛らしい。 「シーナくん、絶対に手放しちゃダメだぞ」 「あ、」 男に聞こえないよう小さく耳打ちすれば、男に首根っこを掴まれ引き剥がされた。 「もう、暴力反対!いいだろ、本の代金くらい!」 「さっさと帰れ!」 これ以上逆撫ですると後が怖い。 ベーっと舌を出し、男の巣穴を後にした。 (あー、楽しかったぁ!) あぁ、こんなに心が浮き立ったのはいつぶりだろう。 彼らをずっと見ていたい だからこそ、過保護になるのはナーガの友人だけではない。 ハロルドはシーナにこっそり転移魔法を施した魔具を渡してあった。小指の爪ほどの大きさしかない小石に見えるが、魔力を注がなくとも強く念じるだけで、ハロルドのいる「名前のない村」にワープするアイテムだ。 無くさないよう小袋にいれ、腰紐に結んでおくよう注意した。 もう二人の関係を疑ってはいないが、もしもの時用の保険だ。 『…危ないのは、魔族だけじゃない』 その意図が通じたのか、シーナは小さく頷いてくれた。 「……ここは、無事みたいだな」 精霊たちに荒れた様子もなければ、吹く風も気持ちいい。 『最近、冒険者たちがやけに魔族狩りに本腰をいれている。』 それを忠告するのも、赴いた理由の一つだった。 討伐の素材と高い報酬が出るだけあって一攫千金を狙う冒険者は多かったが、【英雄】の加護持ちは厄介だ。 この話は扉の向こう側にいるシーナに不安を与えないよう、ヒトには理解できぬ言葉で友人に伝えてある。 弱点になったシーナがもし人質にとられれば、あの男はどうなる? 考えるだけでも腹立たしいが、冒険者どもが魔族側についたヒトを人間扱いするものか。 「……ヴェル」 はるか昔。ある悲劇により堕ちた故、英雄ユージーンに討伐された友の存在。 この世界は、本当に無意味なことを繰り返す。 ただ、幸せであって欲しいと望むには、ここはあまりにも残酷だった……。 今日も王都は活気あふれ、大勢の人間が行き交う。 見たこともない屋台や店が立ち並び、多くの一般人、行商人、冒険者、衛兵、奴隷の姿。 ここまで大勢の人間がいる光景は見たことがなかった。 『聞いたか?英雄様がフレアドラゴンを倒したそうだぞ!』 『ほんとか!?これでアバトスへも行きやすくなったな!』 王都の話題は英雄の活躍で持ちきりだった。 聖剣に選ばれた彼は、冒険者登録を終えるなり森にいた双頭の巨大熊を倒した。その後は泉に棲むセイレーン種の魔族を討伐し、先日はフレアドラゴンを討伐。 短期間でこんな偉業を達せる者を、心から讃え英雄と呼ばずになんと呼ぶ? 「…はぁ、はぁ」 小汚いフードを被り、懸命に足をすすめる。 最後の休憩を終えてからも険しい獣道を歩き続け、二日は寝ずに歩いた。 ふらふらした足取りで、英雄様の噂話を耳に挟みながら、ギリッと奥歯を噛み締める。 そして目に入った冒険者ギルドの看板。 いままで見てきた建物の中で、それは一番立派で教会よりも神々しく見えた。 木でできた扉を力一杯押し、足どころか身体を引っ張るように受付カウンターへ向かう。 「い、いらっしゃいませ。ご用件は?」 訪問者は無碍に扱わない。 受付嬢の声は戸惑いつつも丁寧であった。 「私は、エルザ。冒険者登録をしにきたわ」 フードを脱いだ彼女は王都では珍しい、黒髪黒目の姿で その目は憎しみを宿したような鋭く、 まだ若く花のある女性にしては、怒りに満ちた低い声だった。
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